──wiegenlied Rhapsodie──

それは突然の出来事だった。

「…?こんな所に子供…?」

──wiegenlied Rhapsodie──

ダオスガードの任に就いているイーヴルロードは、休憩時間に差し掛かり食堂で軽食をとっていた。

その時である。
にわかに階下が騒がしくなったかと思えば聞き覚えのある声が聞こえたのは。

「またソーサリスが何かしでかしたのか?」
何かと騒ぎを起こしがちなソーサリスが脳裏をよぎり、顔をしかめる。
「…面倒事でなければ良いが…」
溜め息を一つつき、イーヴルロードは飲みかけの紅茶を口にする。
その時、彼の横を何かの影がよぎって行った。

「…ん?
こんな所に子ど………」
─…………。

子供がいる事に気が付いたイーヴルロードは己の目を疑う。
「………ブフッ!?」
その顔を見るや否や、口に含んでいた紅茶を盛大に吹き出した。

「な…!?ななななな!?」
職務上、普段から冷静沈着なイーヴルロードであったがこの時ばかりは周章狼狽した。

「おーい、ラトレイアちゃん!!どこに………って、
いたーーーっ!!」
先程から探していたのであろう、大慌てでその場に駆け込んできたソーサリスは目的の人物を見つけた途端に大声を上げた。

「…何だか騒がしいですが、どうかしましたか?

あ、お二方、ちょうどいい所に。マスターを見かけませんでし……た…か……?」
ラトレイアを探していたヴァルローダも、何故だか賑やかな食堂に立ち寄り、目前の現状に言葉を失った。

「ど、どどどどうなっているんだーっ!?」
「マ、マスター!?」
目の前にいる人物の異変にイーヴルロードとヴァルローダの叫び声が、静かな城内にこだまする。

何故なのか現時点では明確になっていない。だが、ラトレイアが幼子のような姿をしているのは確かな事。

「ちょっと、出入り口で何集まってるの?」
「騒がしいですよ?
それに、出入り口を塞がれていてはいい迷惑です」
「……」
ちょっと一息つきに来たのであろう、いつの間にかジャミルとデミテル、その後ろにダオスもがヴァルローダの背後に佇んでいた。

よほどの事態なのか、ヴァルローダは口をパクパクとさせているのみで一向に動く気配が無い。

「…?」
その様子を不思議に思い、ダオスは怪訝そうな眼差しをヴァルローダに向け、彼の視線の先を見やる。

「…ラトレイア?」
その視線の先に居たのは、あどけない表情が愛らしい、幼子のような姿をしたラトレイア。
見つめられ、キョトンとした面持ちで彼女は小首を傾げた。

「なあに?」
名前を呼ばれ、ラトレイアは普段からは全く想像がつかない、天真爛漫な笑顔をダオスに向ける。

その仕草から察するに、どうやら姿だけでなく思惟までもが幼児化しているようだ。

「…ちょっ!えっ!?マスター!
子供に戻ってるんですか!?」
ヴァルローダは長い間ラトレイアに仕えてはいるが、彼女に側仕えを始めた時には、例えるならば、花盛りな年頃の乙女であったので主の子供時代を知らない。

驚きのあまり今まで固まっていたヴァルローダは、混乱している思考をフル回転させ、やっとの思いで言葉を繋ぐとラトレイアの目線に合わせて身をかがめた。

その表情は、緊急事態なため心なしかこわばっている。
「?」
ヴァルローダの問い掛けの意味が分からない、といった風にラトレイアは更に首を傾げる。
「どしたの?こわいかお」
皆が難しい顔をしているのを見て、先程の解顔から打って変わり、『怒ってはイヤ』と言わんばかりに表情を曇らせた。

「ラトレイア…怖がらずとも良い」
ダオスは努めて平静に、だが、普段とは違うとても穏やかな笑みで彼女を見つめ、その長身をかがめる。

「…こちらへおいで…?」
怯えているようにも見えるラトレイアを気遣い、ダオスは優しく語りかけた。
「…?」
目をぱちくりとさせながらも、怒っていないのだと理解したのかラトレイアはパタパタとダオスに駆け寄りひしと彼の胸元にすがりついた。

「…で。今回は何故思考まで幼くなったんです?」
以前ラトレイアがルーンボトルを誤ってかぶり、姿だけ子供になった事があった事象を思い出したヴァルローダは、事情を知っていそうな人物…ソーサリスに問いかけた。

食堂で鉢合わせた時、ソーサリスの様子がおかしかったのをヴァルローダは覚えていたため、何らかの原因を知っているのではないかと践んだのである。

一同はラトレイアの部屋へ集まると思い思いの場所に腰掛ける。

彼の膝の上には、幼くなったラトレイアがちょこんと腰掛けていた。
ヴァルローダに頭を優しく撫でられ、至極ご満悦な表情をし、可愛らしく足をぱたぱたさせている。

「まさか、ルーンボトル絡みって事は…」
ないですよね?とヴァルローダは恐る恐るソーサリスの顔を窺った。

それに対し、ソーサリスは酷く申し訳無さそうに眉根を下げ目を泳がせる。

「…どうなのだ?」
尋ねられた当人は一向に語り出さない様子に、ダオスは話を促す為問い質した。

ラトレイアを怖がらせないように配慮をしてはいるが、心なしかその口調には気難しい雰囲気が漂っているため詰問される側は内心冷や汗ものだろう。

主君が何にお冠なのかを察したデミテルはソーサリスに目線をやると溜め息を一つつき、やれやれといったように頭を振るとヴァルローダの膝からラトレイアを下ろし、彼らの君主、すなわちダオスの元へと引きぐする。

「う…。ルーンボトルと言えばルーンボトルのような…」
問い詰められ、観念したかのようにソーサリスは言葉を濁しつつも答え始める。

「…はっきりしませんね…」
少々苛立ちを隠せないのか、デミテルは苦虫を噛み潰したような顔付きをするとソーサリスの元へと歩み出す。
「実は…」
「実は?」
ばつが悪そうに口を開いたソーサリスの言葉に、ジャミルはオウム返しそのままに繰り返す。

「戦に備えて、色々とアイテムを改良出来ないかと思って…試薬品を作っていたんですが…」
「ああ、あんたはそういうの得意そうよね」
ソーサリスの話にジャミルは思い出したかのように相槌を入れた。

「でですね…ルーンボトルも改良してたんです。
その時にラトレイアちゃん、見学してたんですね」
「…それで?」
デミテルは、一抹の不安を覚えながらも続きを話すように促した。
「…はい。それで…その時、分量の配分がまずかったらしく…その…軽い爆発が起きまして…
煙が収まったと思ったら…」
「ラトレイアが子供になっていた…と」
ジャミルはちらりと、ラトレイアを見やるとソーサリスに視線を戻した。

「そうなんです~。私は何ともないのになんでラトレイアちゃんが子供になっちゃったんだろ…」
その直後、部屋を出た彼女を捜して城内を歩き回っていたら、食堂で見付けて今に至るんです…とソーサリスは言葉尻を終えた。

直接的な被害を受けるとしたら、薬品を調合していた本人、つまりソーサリスのはず。
軽爆発が起きる直前に、試験管は怪しく光を放っていた。

異変を察したラトレイアがソーサリスを庇ったのだろうか。

この事態を引き起こした張本人でもあるソーサリスも、爆発による煙で辺りの視界は悪くなり、状況がしばらくの間把握出来なかったようだった。

その時の状態を当人に尋ねようにも、ラトレイアはダオスの膝の上に座し、彼に優しく髪を梳かれ身を任せている。

思惟も幼くなっているので当時の情況も覚えていないであろう。

「…改良型…ですか…」
試作品とはいえルーンボトルで状態異常を引き起こした己の主を盗み見、どうしたものかとヴァルローダはガックリと肩を落とした。

だが、そこでふと、彼は思い出した。
「…そうだ、あの呪文ならもしや…」
まだ、あの術のメモを保管してあったはず…

そうポツリと呟いた。

「どうしてこうも騒ぎを引き起こすんですか貴女は」
「そんな事言われましても」
トラブルメーカーな部下とその上司よろしくな2人の会話をよそにヴァルローダは、以前とある町でもらったメモ紙を探して、普段から情報収集時に使用している手帳をぱらぱらと捲っていた。

だが…今回は以前とは状況が違いラトレイアがあの術を使えるかどうかは不透明である。

かといって、己は魔術の類は一切使えない。
メモを見つけ出しても行使出来る者がいるかどうか…。
ヴァルローダはページを捲りつつ深く溜め息をついた。

ダオスは彼が何を探しているのかを察し、ラトレイアを優しく抱きかかえたままヴァルローダのそばへと歩を進める。

ラトレイアはというと、ダオスに髪を梳ずられ安心しきったかのようにその小さくなった体を彼に預け、ヴァルローダの手帳を捲る指の動きを興味深げに眺めていた。

「いつぞやの術か…?」
「はい、メモは保管してあるのでマスターが術を使える状態でなくても、どなたか治癒術を使える方がいらっしゃれば、もしやと思いまして…」

ダオスの問い掛けに答えながらヴァルローダは目的のページを探し続ける。
そうこうしている間に眠くなってきたのであろう、ラトレイアは瞼を下げウトウトし始め、ついには船を漕ぎだしていた。

「…マスター…だいぶお疲れのようですね…」
状態異常を引き起こして体力を消耗したのか、マナが極端に消費されたのか、あるいはどちらともか。

そう呟きヴァルローダはメモを弄るのを止め、己が主の顔を覗き込む。
「…致し方あるまい」
ダオスはラトレイアを気遣い優しく抱きかかえ直せば、彼女はその面をコテンと彼の胸元に凭れかけた。
彼の心音に心地よさを感じたのか、ラトレイアはすうすうと寝息を立て始める。

あどけない仕草を見せるラトレイアに初めは戸惑ったダオスだったが、そんな彼女も微笑ましく思え。
目を伏せ、ふわりと穏やかな笑みを浮かべた。

「デミテル」
「…何でございましょう」
従者に語り掛ける口調は普段のままに、だがその言の葉に込めたる意思は務めて厳しくダオスが口を開けば、デミテルはソーサリスを諫めるのを止めた。

「私はこれからラトレイアを寝かしつける。
お前達は各自ヴァルローダと共に、状態異常を戻す策を探せ」
「仰せのままに」
主君の命に従い、仰々しくもデミテルは頭を垂れる。

「何人たりとも、ラトレイアの眠りを妨げる事は許さぬ」
その声音はとても静かに、ダオスは抑揚なく言葉を紡ぐと退室を促した。

「御意」
ジャミルはソーサリスを引き連れ主に一礼すると、ヴァルローダとデミテルと共に部屋を後にした。

ゆらゆらと体が動く気配がする。
揺りかごが揺れるような、そんな感覚。

「…う?」
ラトレイアは寝ぼけまなこを擦りつつ辺りを見回す。
そこには、小さくなった彼女には不釣り合いな大きいベッドがあった。

「…起こしてしまったか…?」
寝室まで抱きかかえていたダオスは、ラトレイアが身じろいだのに気付き顔を覗き込む。

「…だおすしゃま?」
まだ眠いのだろう。目はトロンとし、時々船を漕いでいる。
「…疲れていてまだ眠いのだろう?」
「うー──…」
彼に優しく尋ねられ、ラトレイアは目をしぱしぱと瞬かせる。

その反応にダオスは彼女を寝台にゆっくりと下ろし、布団を被せてやるとベッドのそばに椅子を寄せ己はそこに腰掛けた。

「うー──…」
ダオスの動作を眺めながらラトレイアはまばたきを繰り返す。
それはまるで寝るのを我慢しているかのようだった。

「…どうした?」
今にも泣き出しそうな瞳をしたラトレイアに気付くとダオスは席を立ち、彼女の手を取る。

すると、その手をぎゅっ…と、ラトレイアは握り返した。

「…ひとりはやーなの」
眠ってしまったら、一人ぼっちになってしまうのではないか?
そう考えたらしい。寂しそうな眼差しでダオスを見つめた。
「…」
その言葉にダオスはしばし呆気にとられたが、柔和な笑みを浮かべるとラトレイアの頭を撫でた。

「…案ずるな。そばにいる」
「…ほんとに?」
ダオスの一言に反応しもぞもぞと布団から這い出し、ラトレイアはダオスのそばに寄りかかる。

「ああ。だから、お眠り…」
そう言うとダオスはラトレイアを布団に寝かし直した。

すると、たちまちのうちに彼女は健やかな寝息を立て始めた。

スヤスヤと眠るラトレイアを見守り、ベッドの縁から椅子に戻ろうと立ち上がったダオスだったが、何故だか体を思うように動かせない。
不思議に思い目線を隈無く散らせば。

ラトレイアの手にはダオスのマントがしっかりと握られていた。

──…珍しい事が起こるものだ…

ダオスはふと笑みをもらすとラトレイアと同じように寝台に横になり、幼子をもつ親のように髪を梳き、その頬に軽く口付けを落とす。

「…おやすみ」
そう呟いてはラトレイアの背に手をまわし、ポンポンと撫でた。
それはまるで子守歌のようであった。

心音と温かい手と心地良いリズム。
すこやかな寝息。安心しきった幼いラトレイア。

穏やかに、そして緩やかに流れゆく時間。

いつしかダオスも微睡みの淵へと誘われていた。

ラトレイアが元の姿に戻れたのはそれから数日後、法術の心得があったソーサリスが数日がかりで体得したディスペルを使用した時であった。

携帯サイト初出日:2009年11月21日 了

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