──聖なる日、貴方へ贈り物──

 

 厨房でオーブンの前に立ち、仕上がりを見つめ…
そして…
「…出来た…!」
焼きあがったのを確認し、オーブンから取り出してあら熱を取る。
仕上がりは上々。

「さて…と」

──聖なる日、貴方へ贈り物──

「はい、ヴァル」
「ありがとうございます、マスター」
ラトレイアに手渡された小さな包み。
ヴァルローダは小包をしげしげと眺め、ふと疑問を口にする。
「ところでマスター、これは?」
何かありましたっけ?とでも言わんばかりに首を傾げた。

「ソーサリス達から聞いたのだけれどね、今日はバレンタインデーといって、
この世界では普段お世話になっている人へ感謝の気持ちを贈る日なのですって」
だから、日頃のお礼よ、とラトレイアはヴァルローダに朗らかな笑みを向ける。
「…そうですか。ありがたく頂きます」
包みの中からは、焼き菓子のような良い香りが漂っている。
察するに、ラトレイアの手作りなのだろう
「じゃあ、みんなにも渡してくるから」
そう言ってラトレイアは意気揚々と出掛けて行った。

「…?あれ、バレンタインって…」
ヴァルローダはラトレイアが話してくれた内容を思い返していると

「やっほー。ヴァルローダどうかしたの?」
主にバレンタインの話をしたというソーサリスと鉢合わせた。
「ソーサリス殿、マスターにバレンタインの話をしたんですよね?」
ヴァルローダの第一声に面食らったソーサリスは
「そうだけど?」
それがどうかした?とでもいいたげに怪訝な顔付きをする。

「いえ、マスターからバレンタインでプレゼントを貰ったんです。
 それは良いのですが…」
何か気になる点があるのだろうか、ヴァルローダは首を傾げる。
「ラトレイアちゃんからなんて聞いたの?」
言いよどむ彼を見てソーサリスは訊ねた。
「…普段お世話になっている人へ感謝の気持ちを贈る日と」
ヴァルローダがそう答えると、ソーサリスは盛大に溜め息をつきその場でうなだれた。

「バレンタインってあれですよね?
 女性が好きな方に想いを告げる…」
「なんだ!ヴァルローダはちゃんと分かってるじゃない」
彼の話を遮るようにソーサリスは顔を上げる。

「すみません、マスターはこういう事疎いもので…」
 ──なかなか気付かないというかなんというか…
「勘違いしちゃったのね…」
2人は盛大に溜め息をついた。

 一方、ラトレイアはというと…
「はい、いつもありがとう」
城内にいる全ての住人にお手製のお菓子を手渡していた。
その場に居合わせたジャミルとデミテルも例外なく手渡されていた。
──…これって、友チョコの事よね?
ジャミルは心の中でツッコミを入れる。
デミテルも、
──…ああ、義理チョコの事ですね。…我々魔族にも配るとは変わった人ですね…
「…ああ、ありがとう」
半ば呆れた心境になりつつも礼を述べる。
上機嫌で去っていくラトレイアを見て2人は
──ダオス様、心中お察しします…
かりそめの主従関係ではあるが、主を思って嘆息をもらした。

 ──コンコン…
謁見の間へ続く、重厚な扉を前にラトレイアは一呼吸おいてから遠慮がちにドアをノックする。
「──入りなさい」
扉の向こう側のラトレイアの気配に気付いていたのか、ダオスは優しく声をかけた。
「失礼します…」
少し緊張した面持ちでラトレイアは室内へと入る。

 ──…なぜこんなにもドキドキしてしまうのかしら。
皆に渡しに行った時は大丈夫だったのに…

皆に配った物とは別の、甘さを控えたお菓子を背に隠しつつ、ラトレイアは平静を装った。

「このような時間にやって来るとは珍しいな」
穏やかな笑みを浮かべ、ダオスは問い掛ける。
「え…?」
言われて外を見やると、窓から映る景色は闇の色。
どうやら、いつの間にか夜の帳が降りていたようだ。
「あ…夜分に申し訳ありません…」
ラトレイアは顔を真っ赤に染め上げ、深々と頭を下げた。
「良い、気にするな。」
そう言ってダオスはラトレイアの顎に手を添え、顔を上げさせた。
ダオスに見つめられラトレイアは益々顔を赤らめる。
「何用だ…?」
優しくダオスに問われたラトレイアは、本来の目的を思い出し、背に隠していた包みを取り出した。
「あの…お菓子なんですけど…作ってみたので、よろしかったら」
どうぞ、と、恥ずかしげにダオスへと焼き菓子を差し出す。
「あ、甘さは控えめにしてあるのですが…お口に合うかどうか…」
彼女の嬉しい行動にダオスは微笑み
「ありがたく頂こう…」
綺麗にラッピングされた包みを受け取ると、ラトレイアの手に口付けを落とした。

 それは、騎士が姫に行うような仕草で。
「!」
その行為に益々うろたえたラトレイアだったが、あくまでも平静を装い
「あ…え…と、その…
  夜分に失礼しました」
顔を赤くしたまま部屋を退室した。

ラトレイアが部屋を退室し、気配が遠のいていくのを感じながらダオスは、手にある包みのラッピングを解き、彼女手作りのお菓子をほおばる。

それは、ビターチョコベースのブラウニーだった。

木の実が程よい食感を醸し出している。

「…お返しをしなくてはならないな」
そう呟いて、ダオスは一月後…彼女に何を贈ろうかと思いを馳せた。

 一月後。

行く先々で『先月のお礼』と皆からお菓子を手渡されたラトレイアは、部屋に戻ると、今度はヴァルローダから『お礼に』とラベンダーを貰った。

「今日は何かあったかしら?」
部屋に戻る道すがらでプレゼントを貰ったのを不思議に思ったラトレイアはヴァルローダに尋ねる。

「今日はホワイトデーですよ」
ヴァルローダは、『先月、皆にプレゼントを渡してましたよね?そのお返しですよ』と小首を傾げて考えこんでいるラトレイアに話して聞かせた。

「ホワイトデー…」
バレンタインデーの翌月に行事があるという事をソーサリスに聞いていなかったラトレイアは、ヴァルローダの説明によりホワイトデーがどういうものなのかを理解した。

顔を上げると、辺りにはヴァルローダの姿がなく。
いつの間に部屋を退室したのだろうか。

 ──…お礼を言いそびれたな

そう思いながらラトレイアは窓の外を何気なしに眺める。
すでに日は落ち、暗闇と静寂が辺りを支配していた。

 どのくらいの時間が経ったのだろうか─…。

窓を開け、ラトレイアは夜のしじまに耳を澄ませていると

 ──トントン…と、彼女の部屋に来訪者を告げる、控えめなノック音が響いた。
「はい…今行きます」

誰だろう?そう思いラトレイアは扉を開ける。
「!」
そこには、思いもよらない人物が佇んでいた。

「ダオス様…?」
驚いた様子のラトレイアにダオスは優しく微笑みかける。
「夜分にすまない」
「い、いえ!
 今お帰りですか?」
「ああ…」
ラトレイアの問いに答えると、ダオスは彼女の血色が悪い事に気付く。
部屋を見渡せば、窓が開いていた。

 状況から推察するに、長い時間夜気にあたっていたのだろう。

「…夜風にどのくらいあたっていたのだ?」
ダオスはラトレイアを気遣い、近くにあったストールを彼女の肩にかけてやると部屋に入り、窓を閉めた。
「え…と、そうですね…」
どのくらい外を眺めていたかまでは覚えていなかったラトレイアは、ダオスの問い掛けに言葉を詰まらせる。
「…申し訳ありません…」
長い時間窓を開けていた、くらいしか思い出せずラトレイアは俯いた。
「…顔色があまり良くない。
 それに…」
そう言いダオスはラトレイアの頬に触れ、顔を覗き込む。
両の手で感じる彼女の頬はとても冷たかった。
「体が冷えきっているではないか…」
頬から手を離すとダオスは優しく包みこむかのようにラトレイアを抱きしめた。
「そ、そうですか?」
すっぽりと包みこまれた状態に気恥ずかしくなったラトレイアは、早鐘のように鳴り続ける自分の鼓動をどうにか落ち着かせようと顔を伏せる。

 しばしの沈黙ののち。
「…また、眠れない日々が続いているのではないか?」
先に口を開いたのはダオスだった。
「…え…?」
ふいに問い掛けられ、ラトレイアは顔を上げる。
ダオスはラトレイアの頭に手をまわし、ゆっくりと…幼子をあやすかのように優しく撫でる。
「…お恥ずかしながら…ダオス様の仰る通りにございます…」
そう言い、ラトレイアはダオスにこんなにも心配をかけてしまっている事を申し訳なく思い、情けない表情を見せたくない思いから彼の胸に顔をうずめた。
「──…やはりそうか…」
しばらく頭を撫でた後、ダオスはラトレイアを抱き上げた。
「わっ…!」
急な出来事にラトレイアは驚き、思わず彼の首もとにすがりつく。
その間にもダオスは彼女の寝室を目指し、ベッドへとたどり着いた。
そして、ベッドにラトレイアを優しく横たえるとダオスは布団をかぶせ、自分はというとベッドサイドに椅子を置いて、腰掛ける。
「…あの、ダオス様…?」
状況がよく掴めないラトレイアは起き上がろうとするが、それはダオスによって制された。
「君は我慢しすぎている…
 もう少し、自分を労る事だ」
そう言い、ラトレイアの手を握りながら椅子に座り直す。
「君が眠りに落ちるまで…そばに居よう…」
「でも…!」
ダオスの負担になってしまう事を拒むかのようにラトレイアは訴えようとするが
「良い。…私が、そうしたいのだ」
ダオスに切なげに顔をのぞき込まれ…

 ──もっと、私を頼ってはくれないか…?

耳元でそう囁かれては何も言えなくなり。

「…では…お言葉に甘えさせていただいても…」
──宜しいでしょうか…?
赤く熟した果実のように顔を染め上げつつラトレイアは問い掛けた。
その問いにダオスは優艶な笑みで応え、もう一方の手でラトレイアの髪を優しく梳ずる。

 夜のしじまに、暖炉の炎の音が響く。

パチパチと…その音色も心地良く感じられ。
いつしかラトレイアは眠りについていた。

携帯サイト初出日:2009年3月26日  了

加筆修正:2024年7月6日

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