──こめられたる言の葉 ──

 

  5の月。
長き冬が終わり、春が訪れる。
その温かな陽気から更に気温が上がり、初夏の兆しが見え始める。
空は澄み渡り、人々は休日ともなれば野山に行楽に繰り出す。
麗らかな陽気を過ぎれば、長き雨の期間に入る。雨季の前の囁かな一時。

5の月とはそういった季節である。

 ここ、ミッドガルズ北東部にある離島も例外ではない。

「…月の半ばともなると、温かいわね」
んー…!と軽く背伸びをし、ラトレイアはダオス城内部にある中庭で空を眺めていた。

──こめられたる言の葉 ──

 ミッドガルズ。
魔科学を軍事利用のため研究を続けているこの国でも初夏の訪れをことのほか喜んでいた。
「…この国は相変わらず賑やかね」
単独で久々にミッドガルズを訪ねたラトレイアはぽつりと呟いた。
街行く人々は活気に溢れている。ミッドガルズ城にある魔科学研究所で行われ続けている実験の影響は少なからずあるであろうに。
…一般には知られていない極秘事項だから、であろうか。
そう思いながら、商店街をゆっくりと練り歩く。

 ふと、とある場所に目を奪われラトレイアは立ち止まった。

「おや、いらっしゃい。ゆっくりと見て行ってな」
人当たりのよい温和な笑みを浮かべた老紳士が店主なのだろう、そこは、色とりどりな花を陳列している花屋であった。

切り花や植木鉢にアレンジされた寄せ植え、果ては珍しい草花など。
さすがは大国ミッドガルズ、その城下町にある花屋といった所か。

「…素敵な花々ですね」
ラトレイアが思わず感嘆をもらせば主人は破顔一笑し。
「そりゃあ、鮮度も良いからの。ほれ、そこの寄せ植えの管理も行き届いておる。草花は毎日の手入れが命じゃからな」
切り花の管理も難しいのじゃがな、と笑いながら答える。

「本当に…。とても生き生きとしてますね」
店内をゆっくりと見て回っていると、特にある花の種類がたくさんあることにラトレイアは気付いた。

「…薔薇の品種が一杯ありますね。色も様々…」
良い香り…とそれに近付く。

「ああ、今日はローズデーじゃからね。薔薇の需要が高まるから普段以上に仕入れてあるのじゃよ」
店主は彼女のそばに来ると、ローズデーの謂われ、薔薇の色や品種、部位、形状によって花言葉が様々あると掻い摘んで説明した。

「例えば、赤い薔薇じゃと愛情・美・情熱。蕾だと純潔、などじゃな。他にもたくさん花言葉はある。
白薔薇じゃと約束を守る、無邪気、尊敬などじゃ」
「まあ…そんなに色々と言葉があるのですね」
「お嬢さんも、今日にちなんで大切な人に贈ってみたらどうかね?花に言葉を託してみてはいかがかな?」
店主は穏やかな笑みを浮かべラトレイアを見やった。

「…大切な…」
大切な人、と問われ真っ先に浮かぶのは彼の人。

 この世界に来てからずっと、何不自由なく城に滞在させてもらっている。

…尊敬の念が募るばかりである。

「…そうですね。では、この薔薇を」
彼女が手にしたのは、白さが美しいグランノワールであった。

ミッドガルズからダオス城にラトレイアは帰館後、小さな花束を携えて、城の最奥部にある城主の元へと歩みを進めていた。

普段ならソーサリスがエントランスで話し掛けて来るのだが、今日はどこかに出かけているのだろう。

 そして、珍しい事に。
いくつもの廊下を渡り階段を上りダイニングに辿り着いても城の住人に鉢合わせしなかったのである。

「…皆さん任務かしら?」
ラトレイアは小首を傾げつつも更に歩を進め。

いつしか、最奥にある彼の人の部屋の前に辿り着いていた。

「……」
さて、なんと言って贈ろうか。

重厚なドアの前に佇み思案を巡らせていると。

「……ラトレイア?」
「えっ…」
彼女の背後にいたのは、この城の主であるダオスであった。

「我が部屋の前でどうした。何かあったか…?」
「い、いえ。…お出掛けでいらしたんですね」
てっきり室内にいると思っていたが、予想外の事にラトレイアはこれからどうしたら良いか考え倦ね立ち止まったままでいる。

「ああ…今日は大樹の元へな」
さ、入るがいい。と、彼女の背に優しく手を添えダオスは入室を促した。

室内に入ると、ダオスはある香りに気が付く。

仄かに薫る花のそれ。備え付けの花瓶に生けられているものからではないようだ。

となると、一体どこから…?

目線で探り、そして。
彼は答えを見つけた。

「…ラトレイア?」
どことなく落ち着かない様子の彼女を気遣いダオスは優しく声をかけた。

その声に対し彼女は微笑みを浮かべた。なにやら意を決したようである。

「あの、ミッドガルズに出向いた時に…ですね。綺麗な花を…買ってきたので、ダオス様に」
どうぞ、と、仄かに薫る瑞々しい白薔薇で作られた小さな花束を彼女は手渡した。心なしか、その頬は朱に染まっている。

「…私に?」
「はい、いつもよくして頂いておりますし、囁かではありますが」
はにかみながら彼女は言葉を続けた。

「…そうか。感謝する」
…良い香りだな。

ダオスは己の手元にある花束に目を細め。

 白薔薇はラトレイアのようだと思うのであった。

「…私からも、君に贈りたいものがある」
そう言うとダオスは花束を執務で使っている机の上にそっと置くと、どこにあったのだろうか。
赤い薔薇を手に持っていた。

「大樹のある森で行商人に会ってな」
樹を害する者なら追い払おうと思っていたがそうではなく。
更には、魔王と気付く事もない。

 一輪だけ買ったのだ。

そう言いダオスは彼女に手渡した。

「あ、ありがとうございます…」
思いもよらない贈り物にラトレイアは更に頬を赤く染め上げた。

 それは、どの意味で朱に染まったのか。

愛情にか、情熱にか。
そして、ダオスは何故白薔薇を彼女のようだと思ったのか。

その答えは、当人達のみぞ知る。

  薔薇よ、薔薇よ。その身に幾つもの言葉を秘め。
御身に込められし想い、誰に捧ぐ?

携帯サイト初出日:2012年5月14日 了

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