Il presente del giorno sacro

「あら、何かしら…」
寒さが厳しいミッドガルズ大陸北部。大陸の端にある橋を渡った更に先にある離島にそびえる古城。

 人々が魔王として恐れる者の居城、そして、魔族がその存在を隠れ蓑に利用し暗躍・潜伏しているその場所。

暦の上では春が始まっているが、未だ続く春寒のある朝。

ダオス城に身を寄せるラトレイアが目を覚まし、軽く身支度を済ませた後に寝室から扉を隔てた先に続く隣室へ向かうと目に入ったもの。

それは、卓子上に置かれた芳しい薫りを放つ1ダースの花束。そしてそこに添えられたシンプルだが格調高い装飾が施されたメッセージカードであった。

───Il presente del giorno sacro───

「まあ…!素敵な花束…!
いい香り…」
ラトレイアはブーケを手に取ると、生花から漂う薫香に思わず目を細めた。
暫くして、添えられたカードを開ける。

そこには、差出人の名は記載されていなかった。

「まあ…?一体どなたが下さったのでしょう?」
送り主が分からないことには、お礼のしようがありませんし…

彼女がそう思案していると。

「ラトレイアちゃんおっはよー!起きてるー?」
朝から元気一杯なソーサリスがやってきた。

「あ、ソーサリスさん。おはようございます」
今日は朝からご機嫌ですね。何か良い事でもあったのですか?

ラトレイアは花束から目線を彼女へ移すと、その面に笑みを浮かべる。

「んー?別段、変わったことはないよー?
それよりも、はいコレ!いつもありがとう!」
ソーサリスは彼女の問いに小首をかしげつつも答えると、懐から小さな包みを取り出しラトレイアへと手渡した。

「今日はバレンタインだからねー!感謝の気持ち」
お菓子だけど、お茶の時間にでも食べてね!

そういうと彼女はラトレイアの手にあるブーケに目を留めた。
「わあ…!素敵だね、誰からの贈り物?」
「それが…。差出人が分からないのです」
「メッセージカードは?」
「あることにはあるのですが…お名前が無くて」
「そっかー…。カードの中身を私が見るわけにもいかないし…。
あ、でも、誰からの物なのか、考えるのも楽しいと思うよ?」

ソーサリスは、贈り主不明のプレゼントのお礼をどうしようかで悩んでいる彼女に「あまり深く考え込まないで、贈り主が誰なのか想像できる粋な計らいに乗ってみたら?」とアドバイスを施した。

 ところ変わって、ダオス城内にある食堂。
現在の時刻は下午を過ぎた頃。

ラトレイアはバレンタイン用にお菓子を作り終え、しばし小休止していると。
「おや、こちらにいらしたのですか…」
「律儀に、住人全員への贈り物を作っていたの?」
たまたま城に帰館していたのであろう、デミテルとジャミルがラトレイアの元へとやってきた。

「あ、おかえりなさい。
…?どうかしたのですか?」
何処と無く落ち着きのないように見えるデミテルに違和感を覚え、ラトレイアは小首を傾げるとジャミルは笑うのを堪えるような面持ちになりつつも、己の同僚デミテルを振り返る。

ジャミルは内心ではこの事態を楽しんでいるのであろう。「早くしろ」といわんばかりに彼に目配せすると、デミテルも観念したのか。

「貴女にこれを…と思いましてね」
どこから取り出したのか、彼は小箱をラトレイアの掌へと手渡した。
「ラトレイア、以前香りに興味を持ってたようだからさ。
あたしとデミテルから。サシェなんだけど、良かったら使ってみて」

意外な人から意外な贈り物にラトレイアは目を丸くし、その後破顔一笑した。
「ありがとうございます、早速使わさせて頂きますね」
お礼に、お菓子をどうぞ。

そう言い彼女は二人にそれぞれ包みを手渡す。

「別に。…いつも貰ってばかりでは気が引けたものですから。
他意はありませんよ」
精一杯強がるデミテル。それを尻目にジャミルは笑い声を噛み殺すように肩を震わせた。

「?」
彼らの様子を不思議に思ったラトレイアは小首を傾げる。

他意とは何のことだろう、と。

「ああ、別に疚しいことじゃないし、気にしなくて良いわよ?」

彼の余計な言動により思案にふける彼女に気付き、さり気なくデミテルをフォローしながら、ジャミルはラトレイアにヒソヒソと楽しげに耳打ちをした。

「はあ…」
きょとんとした面持ちで、食堂から去っていく二人を見送るラトレイアであった。

 夕刻。
食堂から場所を移し、ラトレイアは城内のある場所に向かいながら考え事をしていた。

──花束の贈り主は一体…?

今日出会った住人の行動から察すると、彼等ではないことが何とはなしに想像が出来る。

──まさか…、いえ、でも…

想像できる人物はただ一人しかいない。

 それを思っただけでラトレイアは顔が見る間に朱に染まっていくのが自分でも感じ取れた。

思案を巡らせつつ歩いていると、いつの間にか目的の場所に彼女は辿り着いていた。

荘厳な扉を前に、深呼吸をひとつ吐くとラトレイアは意を決してノックをする。
すると、やや間を置いて返ってくる部屋の主の声。
「…入りなさい」

 その声音は普段よりも優しいものであった。

「失礼します…」
その声に導かれるかのようにラトレイアは部屋へと進んでいく。

目的の人物に辿り着いたは良いが、ブーケについて尋ねてもよいものか悩む彼女はどう切り出すべきか内心では思い惑っていた。

「…?一体どうしたのだ?」
普段の彼女とは若干違い、どこかそわそわとした様子に気付いたダオスは優しくラトレイアに問いかける。

「え…と、はい。あの…」
どう返したらよいものか。
未だ決心がつかないラトレイアは目線を泳がせつつも、どう言葉を紡ごうか必死に考えを巡らせていた。

「……?」
何やら思い悩んでいるかのような素振りの彼女を不思議に思い、とりあえず、立ち話もどうかと考え、私室に備え付けのソファーに座るように促すとダオスはラトレイアが落ち着くまで暫し彼女の隣で待つことにした。

「…ええと…」
こう言う事をお聞きしても良いか、迷ったのですが…

と、意を決したかのように彼女は語りだした。
どうやら、何かの覚悟を決めたようである。

「…なんだ?」
ダオスは続きを促すかのように、しかしその表情はとても穏やかに相槌を打つ。

「あの…。今朝、部屋に…ですね。素敵な花束が届いていまして。
メッセージカードもあったのですが、お名前が無かったのですが…。その…」
彼女はそこで一旦目線を伏せ、間を置く。そして、上目遣いに彼を見詰め

「素敵なブーケとカード、ありがとうございました、ダオス様…」
そう言い終えるとラトレイアは、そっと。
ダオスの肩に己の頭を凭れかけさせた。

 彼女のその言動にダオスは一瞬瞠目したが、己のプレゼントであった事に気付いてもらえたのだなと安堵し、彼女の気持ちに応えるかのようにラトレイアの肩を優しく引き寄せた。

「…いつも、側にいてくれてありがとう。
感謝している」
そうダオスが囁けば、彼女はたちまのうちに顔を真っ赤に染め。

「こちらこそ…いつも助けていただいてばかりで…」
本当に、ありがとうございます…。

ラトレイアは己の身をダオスに委ねたのであった。

 カードに書かれていたメッセージ、それは…

『いつも支えてくれて感謝する。
これからも、共に居て欲しい』

 このメッセージは、彼等2人だけの秘密であった。

携帯サイト初出日:2011年2月15日 了

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