長き冬も終わりを告げ、草花が芽吹きだす季節。
春。空気も幾分温かみを帯び、心も軽く弾みだす、そんな時節。
雪に覆われている期間が長いミッドガルズ大陸北部も例外ではなく。
ここ、ダオス城にも春の訪れが感じられるようになっていた。
───Many a true word is spoken in jest───
4の月の始まりの日。時刻は上午。ぽかぽか陽気に誘われて、ラトレイアは己にあてがわれた部屋を出ると長い廊下を歩き、エントランスホールを目指していた。
「今日は本当に穏やかな天気…。久しぶりに、外出時に外套がなくても大丈夫そうね」
ラトレイアは廊下にある窓から外を眺めそう呟くと、また歩みを進める。
歩き出して幾数分。丁度食堂のある辺りの廊下で、彼女はよく見知った姿と出くわした。
「あら、ラトレイアじゃない。おはよう」
「最近はよく眠れていますか?」
ジャミルとデミテルである。どうやらブランチを終え、談笑しながら自室に戻るところのようであった。
「お2人とも、おはようございます。
はい、最近は魘されることもありませんので大丈夫のようです」
何故だか優しい口調のデミテルに一瞬と惑ったものの、ラトレイアは質問に受け答える。
「そうですか、それは良かった」
デミテルは柔和な笑みを浮かべ相槌を打つ。
その姿に微妙な違和感を覚えラトレイアは頭上に疑問符を浮かべたかのごとく小首を傾げた。
彼の隣に佇むジャミルはといえば、何故だか口元が綻んでいる。
それは笑い出しそうなのを必死で堪えているといった風貌であった。
「…何かあったのですか?ジャミル、とても楽しそうですね」
「え?ああ、ごめんごめん、気にしないで」
口元を押さえながら、彼女の質問に応えるジャミルはやはりどこか楽しげである。
「?」
訝しげに彼女を眺めるラトレイアをよそに、ジャミルはデミテルに対し目配せすると、それに気付いた彼は一つため息をつくと、意を決したかのように口火を切った。
「ラトレイア、ちょっと話があるのですが」
「…?
なんでしょう?」
デミテルに問いかけられ、ラトレイアは彼に向き直る。
「付き合って欲しいのですけれど…」
彼女の目線にあわせ己の体を屈め、そう告げたデミテル。それに対しジャミルはラトレイアの反応を今か今かと待ち侘びているかのように状況を見守っていた。
「…?はい、別に構いませんが。何所へ行かれるのですか?」
彼女のその発言に、ジャミルは『思った通りの反応』とばかりにデミテルを見やる。
哀れみを籠めた眼差しではあるが、それでもジャミルはこの状況を楽しんでいるようだ。
「今日はお天気も良いですし、お散歩したくなりますよね。
でも、珍しいですね。デミテルが誘ってくるなんて」
彼の発言を素直な意味で捉えたラトレイアは「私も散歩に出かけるつもりだったのですよ」とにこやかに話しかける。
「…もうダメ、我慢できない…!」
肩を震わせながらも必死で笑いを堪えていたのだろう、今まで静観していたジャミルは笑い袋を押したかのように声を上げて笑い出した。
「あはははははははは!もう、ほんっと最高!」
笑いすぎて涙が出てきた…
そう言いつつも彼女は笑うことを止めない。
「??」
唐突に笑い出したジャミルに戸惑い、ラトレイアは訝しげに彼女を見やった。
「あーもう本当に、あなたって人は期待を裏切らないでくれて嬉しいわ。
これからもそのままでいてね?」
ラトレイアの反応に気を良くしたのか、ジャミルは彼女の肩に手を添えうんうんと頷いた。
「は、はあ…」
何が何やら、状況が掴みきれないラトレイアは相槌を打つことしか出来ず唖然としている。
「…何やら談笑しているようだが……
好いことでもあったのか?」
食堂へ向かう途中だったのか、はたまた食事を終え、自室へ戻る道すがらであったのか。
ダオスが3人の許へとやってきていた。
「おはようございます、ダオス様」
「ラトレイア、おはよう」
彼女の挨拶に応え、ダオスは穏やかな笑みを浮かべ、ラトレイアをそっと抱きしめると彼女の頬に軽く口付けを落とす。
「!」
その様子を見てデミテルは刹那ではあるが面を強張らせる。それに相反し、ジャミルは『ご愁傷様』と彼に囁いた。
「…して、一体何があったのだ?」
先程まで笑い崩れていたジャミルに、ダオスは状況を説明せよと話を促す。
「いえ、特にご注進するほどでもないのですけれどね。
今日が何の日かご存知でしょうか?」
この世界に来て日も経つ主君に、ジャミルは問いかける。
「今日は…
成程…」
得心したといわんばかりにダオスは頷き、ジャミルを眺め『彼女に実行したというのか?』と視線で問いかけた。
それに応えるかのようにジャミルは首を縦に振ると
「デミテルが…ふふふ…あははは!」
先程の光景を思い出し、彼女はまた笑い崩れる。
「──っ?!
ちょっ、貴女何を言ってるんですか?」
同僚のまさかの行動にデミテルは一瞬で血の気が引く思いをした。
この『同僚のまさかの行動』とは、彼等の主にいけしゃあしゃあとネタバラしをしてしまった事である。
「…貴女、楽しんでいるでしょう?」
デミテルが恨めしそうにジャミルを睨めば
「勿論」
彼をからかうようにジャミルはほくそ笑んだ。
「…それで、デミテルになんと問われたのだ?ラトレイア」
「?!」
ダオスのまさかの発言にデミテルは「しまった!」と顔色を曇らせる。
ラトレイアに、口止めしていなかったので、筒抜けてしまうのは必至。
デミテルは、いかにしてこの難局を退けようかと脳内ではフル回転で算段をはじき出す。
「はい、お散歩に付き合わないかとお誘い頂きました」
ラトレイアは「付き合って欲しい」を「出かけるので一緒に来ませんか?」に変換して受け止めていたようで。
「ですので、私も散歩に出かけるところでしたので、了承したところだったのです」
なんら疑問を抱くこともなく、ラトレイアはダオスに話して聞かせた。
「……ほお…?」
彼女の言葉にダオスは「どうやら手酷い嘘を言われたわけではない」ということを理解し、また、デミテルが本当は何を言いたかったのかを把握し、目を細めつつも彼に視線を投げかける。
デミテルはというと、そんな主の視線に耐えつつも、何所となく所在無さげであった。
蛇に睨まれた蛙状態、といったところか。
「デミテル」
「…は」
君主からの叱責が来るかと思い、彼は目をそらしたのだが。
「余も共に行くぞ。
大樹のある森までついて参れ」
ダオスのその言葉に一瞬にして冷や汗を流すはめになったデミテルであった。
「ご、ご冗談を。
我々魔族は大樹の側までは…」
「あそこはマナに満ち溢れていますゆえ、どうかご勘弁を…」
己も巻き添えを喰らいそうな雰囲気に耐えかねたジャミルが嘆願し、それに便乗するかのようにデミテルも言の葉をつむぐ。
「だからだ。
大樹のある森までと言ったであろう?」
──…何も大樹の許まで来いとは言うてはおらぬ。
そう告げるとダオスはラトレイアの手を取り、空間転移を行う所作を見せると『我に従えば、ラトレイアを騙そうとしたことは不問に付す』と彼等従者に目線で語りかけ。
「…御意」
観念したかのようにデミテルは主の作り出す空間に歩みを寄せつつ、ジャミルの首根っこを引っつかみ「逃がしはしませんよ?」と素早くジャミルに耳打ちすれば
「ちょっ?!あたしも??!」
それは勘弁してと地団駄を踏みつつ抵抗したものの、ダオスの睥睨に観念し渋々ついて行く事を了承する羽目になったのであった。
携帯サイト初出日:2010年4月6日 了
■おまけ■
ちなみに、彼等魔族が食堂で交わしていた話はどういった内容だったかというと。
「…そういえば今日はエイプリルフールね」
どこか楽しげな口調でジャミルは己の同僚、デミテルに話しかけた。
「ああ、そのようですね。
でも、我々魔族にとって嘘は日常茶飯事ですから今更じゃないですか?」
嬉々としてどういった嘘をつくか考えているジャミルに対し、デミテルは殊の外冷静である。
「ちょっと、あんたノリが悪すぎるわよ。
普段なら非難されても今日は午前中に限ってはお咎め無しなのよ?」
あまり乗り気じゃないデミテルの態度にいささか呆れたジャミルは、『信じられない、あんたそれでも魔族?良識派気取ってんの?』といわんばかりの剣幕で批難した。
ひとしきり、ジャミルがデミテルに対し悪態をついた後。
「…!
ふふふ…いいこと思いついた」
デミテルの顔を眺めつつ彼女はほくそ笑み、そして。
「デミテル、あんた、ラトレイアに『付き合わないか』って言ってみたらどうなると思う?」
突拍子もないことを言ってのけたのである。
「…はあ?
貴女何言ってるんですか」
──…貴女の思いつきは嫌な予感しかしませんが?
十中八九、断られるだろうに。
何をさせたいのだか…。
ジャミルの唐突な発言にデミテルは眉根を寄せ、彼女に背を向けた。
「これはいい退屈しのぎになりそうだわ。
早速、ラトレイアを探しましょう!」
さあさあさあ!
有無を言わさぬ、ある種の異様な雰囲気でまくし立てられ、デミテルはジャミルの発案を実行せざるをえなくなったのであった。
おまけ、完。
(携帯サイト初出日:2010年4月6日)
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