アセリア暦4202年。
ラトレイア達がこの世界に降り立ってから一年が過ぎようとしていた。
初めの頃は体調不良に陥りやすかったラトレイアだったが、この世界の希薄なマナにもようやく馴染め波調も合ったためか体調も良くなり、自由に空を飛べるまでに回復していた。
体調不良の最中も機会をみては、ダオスの大樹視察に同行したり、ヴァルローダを伴ってミッドガルズまで出掛け、周囲の様子を伺ったりと、マナ枯渇を防ぐ為にひっそりと調査をしていた。
それでも現状の打開策は見つからず、やはり魔科学製造実験に潜りこまなければならないかと悩んでいた矢先。
新たな時間転移の波動をラトレイア達は感じとった。
~Accelerating variation~
この日もミッドガルズまで訪れ、街の様子などをラトレイア達は探っていた。
「──…?」
街の様子を探っている最中、何やら違和感を感じとり、ラトレイアは道端で立ち止まった。
「…マスター?どうかしましたか?」
「うん…。何か、亜空間に違和感を感じる」
そう言うとラトレイアは全神経を研ぎ澄ませて、違和感が何なのかを探り始めた。
──空間が膨張・収縮を繰り返しているのを感じる。
それは、自分達が次元転移をする際によく感じる波動に酷似していた。
「…これは…時間転移?」
「私達とあの方以外にも、この世界には時間転移を行える存在がいるんですかね?」
ラトレイアが首を傾げているとヴァルローダは疑問を口にした。
あの方、とはダオスの事である。
今現在は彼の人の敵地に赴いているため、ヴァルローダなりの配慮であった。
「そうねえ…これは確かに時間転移だと思うのだけれど…」
そう頻繁に起こり得るもたのだろうか?
ラトレイアは更に首を傾げた。
「とりあえず、ここでこうして立ち止まって考えるよりも、一度あの方の元へ戻りましょう。ちょうど明日から精霊の森へ向かうため出掛けるのだし」
ラトレイアはそう言うと、ミッドガルズに入った時と同じように旅人に扮装し、2人は正門から街を出て南下し、ミッドガルズから少し離れ、多少遠回りをしてから空を渡ってダオス城へと戻って行った。
城へ戻ると、エントランスでソーサリスに出会う。
「あ、ラトレイアちゃん!お帰りー。外はどうだった?」
ラトレイア達の帰館に、ソーサリスは息急き切って駆け付けて出迎えた。
「ただいま戻りました。
そうですね、相変わらずあそこはマナが薄いですね」
ミッドガルズの様子を先ほどまで見てきたラトレイアは、視察中に感じた時間転移については伏せつつもソーサリスの問いに答えた。
「あっはは!やっぱりまだ実験繰り返してるの?あの国」
「…確証は無いですが、たぶんそうだと思います」
時折、マナの減少を感じましたから。
そう会話をしながらラトレイア達はソーサリスと共に広い城内を歩き出した。
ダオス城に滞在するようになって以来、城の住人である魔物や魔術師達とラトレイア達はだいぶ打ち解けていた。
「そういえば2人とも、明日から大樹の所まで出掛けるんだって?」
ソーサリスは唐突に話を切り出した。
「はい。いつもダオス様に大樹の元へ連れて行ってもらうのは申し訳なくて。
あまりご迷惑をおかけしたくないので…」
今は体調も回復していますし。ラトレイアはそう答えた。
「そうかなあ…。ダオス様、ラトレイアちゃんを連れて大樹の所へ行く事を迷惑って思っていないと思うけど。
むしろ、大樹を気にかけている同志って思ってるんじゃないかな?」
気を許しているみたいだし、気に入られてると思うよ?
と、ソーサリスはラトレイアにそっと耳打ちした。
「そ、そうなんですか?」
めったに顔色を崩さないラトレイアであったが、思いがけない言葉に頬を赤らめた。
「でも、しばらくはこうして他愛もないおしゃべりが出来ないのかー。」
しばらく会えない事を思うとソーサリスは寂しげに俯いた。
「すみません…。さすがに長距離を一気に飛行するのは心配な面もあるので、途中で船を使う予定だから」
「行きはフレイランドからモーリア大陸にある港への船だけですけどね。
あとはモーリア大陸・ユミル大陸を飛行してそのまま最短距離で精霊の森へ行く予定なんです」
ラトレイアのあとに続くようにヴァルローダはソーサリスに旅の行程をかいつまんで説明した。
「はー。それは時間がかかるのも頷けるわ」
ソーサリスは、うんうんと相槌を打った。
「帰りは主に船を使うつもりだから、日数で考えると期間はだいたい1週間くらいかしら」
ラトレイアは戻ってくるまでの期間を計算して答えた。
そうこうしていると、それぞれの部屋のあるフロアへと辿りついていた。
「大樹の元への旅、気を付けて行ってきてね」
「ありがとう。気を付けて行ってきます」
ソーサリスはラトレイア達に手を振りながら部屋へと戻って行った。
「さて。私達はダオス様の所へ行きましょう」
ラトレイアはそう言うと、ヴァルローダを連れて謁見の間へと向かった。
「ダオス様、ただいま戻りました」
ラトレイア達は謁見の間へ入ると城の主であるダオスに帰館の報告を述べた。
「お帰り」
ダオスは穏やかな笑みを浮かべラトレイアを迎えた。
ヴァルローダはラトレイアの後方で片膝をつき待機している。
「ミッドガルズへ出向いていたようだが、大事ないか?」
ダオスはおもむろに語りかけた。
「はい。時折、マナの減少を感じましたが、大きな異変はミッドガルズにはありませんでした。
…魔科学という妄念に取り憑かれた人間は滅びの道を突き進むだけなのでしょうか…」
実に嘆かわしい事だと、ラトレイアの顔に暗愁が翳りだした。
「…私が知りたかったのはそういう事ではないのだがな…」
ダオスはラトレイアが気付かないくらいの声で囁き、優艶な眼差しを浮かべ微笑んだ。
「?」
微笑まれたラトレイアは意図を量りかねて小首を傾げた。
一方、控えていたヴァルローダはダオスの呟きを理解し、彼の心情を思い、そっとため息をついた。
まあ良い、と一つ咳払いをし、ダオスは話を続けた。
「ラトレイア…明日から大樹の元へと旅に出るのだったな」
「はい。今回は船と飛行移動で精霊の森へ向かう予定ですので、1週間ほど外出させて頂きます」
「そうか…」
ダオスは名残を惜しむかのように抱擁し、
「道中くれぐれも気を付けてな」
不穏な世界情勢の最中にしばらくの間旅に出るラトレイアの身を案じ、いたわりの言葉をかけた。
「はい、お気遣いありがとうございます」
ダオスの心からの温情にラトレイアは深く感謝し、いつしかラトレイアは彼の胸にもたれかかっていた。
その様子を見てヴァルローダは、ダオスに一礼をして謁見の間をあとにした。
…先ほど、ソーサリスに何か耳打ちされていたマスターは顔を赤らめていたけど…なんとなく理由が分かった気がするな。
当のマスターは自覚が無いみたいだけれども、マスターも彼の人に好意を抱いているようだ。
謁見の間を出て、廊下で待機しながらヴァルローダは2人の様子を見てむべなるかなと頷いた。
一方、謁見の間では
「明日は早くに出発するのか?」
ダオスはラトレイアの髪を優しく梳きながら、出発の時間を尋ねていた。
「はい、早朝には出発しようと考えています」
ミッドガルズ大陸を飛行で縦断するとはいえど、フレイランドの港までの距離を考えると早朝出発が良いだろうと思案していたラトレイアは道程をかいつまんで語った。
「そうだな…」
どこか切なげにダオスは囁くと、
―本当は私のそばに居て欲しいのだがな…
心の中で呟き、ラトレイアの額にそっと口付けを落とした。
「…!」
あまりの出来事に、ラトレイアは顔を真っ赤に染め、城に戻ってきてからソーサリスに言われた言葉を思い出しうろたえた。
「え…あ、あ、あの…え?」
ソーサリスは『同志』と言っていたけど、では、これはどういう意味なのだろう?
気に入るってどういう事?
どうしたら良いか分からず、さらに顔を赤らめてうろたえるラトレイアを愛おしそうにダオスは見つめ、後ろ髪を引かれる思いで腕を解いた。
腕を解かれた事に気付いたラトレイアはなんとか平静を装い
「で、では、明日出発する前にまたお伺い致します」
会釈をこぼし、
「し、失礼しました」
そう言い残してラトレイアは部屋を退室した。
「…び、びっくりした…」
部屋を出てからラトレイアは廊下でへたり込んだ。
──あれは一体…?
そ、そういえば退室するときに気付いたけれども、始めは一緒に居たのにヴァルローダいつの間にか居なくなってた…?一体どこへ?
へたり込んだまま考えこんでいると
「…どうかしましたかマスター?顔赤いですよ?」
いつの間にかヴァルローダが様子を伺っていた。
「!?ヴァル、今までどこに?」
突然現れ顔を覗きこまれ、不意な出来事にラトレイアは驚いた。
「?どこって…この廊下で待機していました。
…何かあったんですか?」
具合でも悪いんですか?とラトレイアを気遣うヴァルローダに
「う、ううん?何でもないよ、大丈夫」
ラトレイアは努めて平静を装った。
「さ、明日は早くに出発するのだから、明日に備えましょう」
そう言ってラトレイアは必要な物を準備するため部屋へ戻ろうと歩き出した。
それを見てヴァルローダと、ダオスガードの任に就いて廊下で常に待機しているイーヴルロードは
───何かあったんだな。
そう悟ったが、暗黙の了解で互いに口外せず、それぞれの主の元へ向かった。
翌朝。
昨夜のうちに旅の準備を済ませたラトレイアは出発の前にダオスに謁見するため、荷物を持って謁見の間までの廊下を歩いていた。
早朝のため、寝ているであろう住人達を考慮して物音を極力たてないよう気を付けながら歩いていると、エントランスホールにさしかかった所で
「あ、ラトレイア」
「あ、おはよう!」
モンクソルジャーやドゥームガード達が口々に挨拶を交わしてきた。
「あ、おはようございます。…皆さん夜勤だったんですか?」
早朝にもかかわらず声をかけられた事に驚いたラトレイアだったが
「まあね。でも、見送りはあたし達だけじゃないよ?」
そう言うとドゥームガードはラトレイアの手を引き外へ出た。ヴァルローダも慌てて後について行った。
更に驚いた事に、外へ出ると、今まさに向かおうとしていた目的の人物が佇んでいた。
「え…ダオス様?」
ラトレイアはびっくりして名を呼ぶと、それに気付いたダオスは
「おはよう」
優しく微笑んでラトレイアを迎えた。
「おはようございますダオス様。
こちらからお伺いいたしましたのに…」
「ご足労をおかけしてしまい申し訳ありません」
ラトレイアとヴァルローダは深謝を述べた。
「良い、気にするな」
「でも…」
なおも申し訳なさそうにしているラトレイアにダオスは
「気に病む事など何もない。…気を付けて行っておいで」
労いの言葉をかけ、優艶な笑みを浮かべた。
その艶やかな笑みは、昨日の出来事をラトレイアに思い出させるのには充分だった。
一瞬頬を赤らめたラトレイアだったが、ダオスの心遣いが嬉しかった。
「はい、行って参ります」
はにかみながらも微笑んだ。
「いってらっしゃい!」
「気を付けてな!」
見送りに来た面々は口々にラトレイア達に激励を述べた。
「皆さん…ありがとう。行って参ります」
「無事に帰って来てね!」
「はい!」
「勿論です」
ラトレイア達はそれぞれ激励に応えたのち、魔術で気流を操り、ヴァルローダは人型のままの状態で空に浮かび上がった。
それに続けてラトレイアも空に舞うと
「行って参ります!」
見送りに来ているみんなに向かって手を振り、一気に上空へと舞い上がると、精霊の森へ向かうためフレイランドにあるオリーブヴィレッジの西にある港を目指して出発していった。
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