「…雨…か…」
朝起きれば、耳にしたのは天から流れ落ちる滴の音。
ラトレイアは、大地に降り注ぐ心地よい雨音に目が覚めた。
カーテンを開け、外を眺める。そこから見えるのは雨に煙る
ヴァルハラ平原。
「この前見かけたあの花、まだ咲き誇っているかしら…」
何日か前に何気なく、1人で空中散歩を行ったときに見つけた古木。
その見事な枝ぶりを持つ樹木は、可愛らしい蕾みをたくさん枝に携えていた。
中には、ほんのりと薄紅色に染まった愛らしい花弁を咲かせているものもあり、
三分咲きといったところか。
周囲には、色は違えども同じ蕾みを携えた樹木が生い茂っていた。
「雨が止んだら、見に行ってみようかしら…」
─── 桜花の園 ───
午刻を過ぎた頃。
朝から降り続いていた雨も止み、雲の隙間から日の光が差し込んでいる。
昼食を終えたあと、ラトレイアは軽装備を身に纏い、花を愛でるため自室を後にした。
以前その花を見かけた場所を目指し、空を当てもなく渡る。
「どの辺りだったかしら…?」
──確か、アルヴァニスタに程近い…ユミル大陸地方だったかしら?
アルヴァニスタ付近の上空に差し掛かるとラトレイアは進路を定め、ユミル地方を目指す。
程なくしてユミル大陸上空にたどり着く。すると、水鏡ユミルの森の方角、その中でも再奥にある一区画付近が白雲の園のように仄見えた。
「何かしら?」
ラトレイアはその場所を頼りに空を行く。
降り立てば、そこは可憐な花を纏った目的の古木。
「…凄い…綺麗…」
古木の周辺の樹木もすでに満開といった風情が漂っている。
白雲のように見えたのは、見事なまでに咲き誇った可憐な花達であった。
魅入られたかのようにラトレイアは風景をしばし眺めていると、一陣の風がびゅうと吹く。
花びらが煽ち風にたなびく様はとても幻想的で、我を忘れてその光景に魅入っていた。
どのくらいの時間、そうしていたのであろうか。
「…見事な風景だな」
「…!」
突然の気配に驚き、ラトレイアは後ろを振り返る。
「ダオス様!」
いつの間にこの場所を訪れていたのだろうか。
午餐のあと、視察のため大樹の元へ出かけたダオスが背後にたたずんでいた。
「このような場所に、花園があるとはな…」
ダオスは、見事な光景に目を細める。
「はい…」
ラトレイアも、ダオスと同じように景色を眺める。
ふと、日の光に反射し、花弁がほのかに茜色に染まっていく。
空を見やれば、太陽が地平線を目指して傾いていた。
朱色を濃くした入り日影にまるで呼応したかのような風景。
言葉を失うほど幻想的な景勝。
斜陽から察するに、日の入りが近いのだろう。
「逢魔が時…だからでしょうか。なんだか物悲しく感じます」
ラトレイアは、刻一刻と沈みゆく太陽に染まっていく大地、
そして、その光を受けて表情を変えていく名も分からぬ花が織り成す神秘的な状景に
嘆声をもらした。
甘美な夢を見ているかのように目を閉じたラトレイアに
ダオスは言葉を忘れて見蕩れた。
ひゅう…と、弱い風が吹いた。
ダオスは春風に髪をなびかせるがまま、また花に目を向ける。
ラトレイアは、金の髪が夕日に染まり黄金色に
輝いて見えるダオスを見て、息をのんだ。
──なんだろう…この感情。
ドキドキしてしまう…。
ラトレイアは彼から目を離すことが出来なかった。
「…日暮れだな」
ダオスがおもむろに話しかける。
「はい…。
ところで、ダオス様」
「…なんだ?」
「いつ頃こちらにいらしたのですか?」
景色に気を取られていたが、ふと疑問に思ったラトレイアは彼に訊ねた。
「…大樹の視察後に来た」
──城へ戻ろうと空に舞えば、ユミルの森の奥へ降りていく君を見た。
何かあったのかと思い、私もこうして訪れたのだ。
彼はそう言った。
「…そうだったのですか…」
──…と、いうことは…?
自分が花を愛で始めた頃から近くにいらした…?
それに気が付いたラトレイアは恥ずかしそうに俯いた。
すっかり気を緩めていたので、何か気恥ずかしい。
「お声をかけてくださいましても宜しかったですのに…」
「声をかけるのもはばかられてな」
そう言うとダオスはラトレイアの手を取り、自身へと引き寄せる。
「君に見惚れていたのだ…」
──花霞に攫われるのではないかと思うほどに…
ラトレイアを抱きしめ、耳元で囁いた。
「え…?」
意外な言葉に耳を疑ったラトレイアは思わず顔を上げる。
すぐ側には彼の顔。
「…ダオス様…?」
──どうかいたしましたか?
と言葉を続けようとしたが、それは遮られた。
彼の唇によって。
それは、愛おしむかのような優しい口付けだった。
しばらくして、ダオスは口付けから開放すると
「城へ戻ろう…」
突然の出来事に固まってしまったラトレイアの腰に手を添え、
ひざ裏をすくいあげ抱きかかえると、花吹雪き舞う花園を後にした。
携帯サイト初出:2009年4月21日 了.
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