「見事な桜…!ね、奈落もそう思わない?」
皐月は頭上にある花たちを眺め堪能した後徐に奈落の方を見やる。
それに対して奈落は冷めた視線を皐月に向けた。
奈落は、皐月が「春はやっぱり桜でしょう。見たい!」と言い出した為、それに否応なしに付き合う形になったのである。
その途中、雨に降られ。
どこか雨宿りを…と適した場所を探していた矢先の事だった。
見事に咲き誇る桜の大木を目にした皐月はそれに引き寄せられるように木のもとに駆け出していた。
その場所は人里からだいぶ離れた場所にあり、いわゆる深山であった。
樹皮を見やれば、だいぶ年月を経ている老樹なのであろう。
皐月は雨に濡れるのも構わず再び桜を眺めている。
「…フン。儂には理解できぬがな」
相も変わらず冷ややかな口調で答え皐月を見やると、奈落は彼女の手を引き木の真下へと連れて行く。
ただそこで花が咲いているだけ、なにが見事なのかと奈落は到底理解できなかった。
ただ、現時点でわかっていることといえば。
強かに降り注ぐ雨に濡れ、脆弱な人間は体調を崩し、病ともなればすなわちこの戦国の世では回復するにも一苦労。
皐月はただの人間である。雨にずぶ濡れ風邪を引きかねないのは明白、ということだけだった。
そのため、先のように奈落は皐月を枝の下側まで導き、雨宿りを促したのだ。
当の皐月といえば。
奈落に引き寄せられながらも樹木の袂に入りながら頭上で咲き誇る花々に目を奪われ。
「すごく綺麗…!」
瞳をきらきらと輝かせ、雨にも負けじと散りきっていない花弁に感嘆を漏らした。
花弁の隙間から覗く空は鈍色。薄花桜が雨のしずくに濡れ淡く煌めきアクセントを成し。
地面を見やれば雫の重みに耐えかねたのであろう徒桜が広がっておりその佇まいを一層際立たせている。
「こんなに雨が降っていても散りきらないなんて、凄いね…」
「……」
奈落にとって見れば、そう言い深山桜を眺める皐月の方がとても眩しく思え、暫くの間その様子を眺めることしかできないのだった。
「まるで、この樹に精霊でも宿ってるかのよう…」
奈落は聞いたことある?すっごく長生きしてる樹木には精霊とかいるんだって!
昔なにかの本で読んだことあるんだ~!と皐月はとても楽しそうに観桜を続けている。
それに対して奈落は冷ややかな声音で
「……ほお?」
とだけ答えた。
言い得て妙とはこのことか。確かに微かではあるが何者かの気配を感じていた奈落は、
皐月に気付かれぬようそれとなく彼女の隣に立ち警戒を怠らない。
『儂のものに手を出そうものなら貴様もくろうてやる』と言わんばかりに殺気を放つのだった。
「…?」
奈落、どうかした?と皐月は不思議に思い頭上にある奈落のいささか気色ばんだ顔を見つめ
「……ふん」
対する奈落は内心、逃げたか…と忌々しげに悪態をつくも皐月には
「貴様が気にすることではない」
とだけ答えを返した。
「…そう?」
「…。皐月、気は済んだか?」
「え?」
「……この花が見たかったのだろう?」
目的は済んだが?と言いたげな眼差しで彼女を見詰め返し、
帰城を促そうと腰元に手を添えた。
「…ん。そうだね、目的は達成したし気が済んだといえばそうかも…?」
「…はっきりせぬな」
何だその返答は、と奈落はクツクツと愉快そうに笑む。
「だって、観桜できたけどももう少し奈落と一緒に桜を見ていたいなーと思って…」
だめ?と皐月は気後れすること無くストレートに気持ちをぶつけ。
その答えに面食らった奈落は、どう返答したら良いものなのか測りかね
「…ふん…」
とだけ短く答えを返すのがやっとであった。
2022年4月6日 了
花の雨
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