瞳に映るもの──Un dolce di nuovo──

その始まりはこうだった。
「…おまえ、お返しはしたのか?」
「……?貴様、何の事を言っている」

──Un dolce di nuovo──

 暦の上では春。だが、実際はいまだ寒さが厳しく草木の芽吹きも遠いその季節。
二月とはそのような時節。
下界…ダイランティアではその月に大陸全土である行事が行われていた。

 ある者は親しい者へ、またある者は思いを寄せる者へ贈り物を送りあうというそのイベント。
天界でも地上の風習に造詣のある者達は便乗する形になってはいたがプレゼントを贈りあっていた。
だが、この厳つい男…バルバトスはそのような世俗には全く興味がない。その上、大のアイテム嫌いもあいまって、己の近くでそのような行為を目撃しようものなら条件反射的に襲い掛かっていた。

 その場を偶然通りかかったサラに「暴れられると目障り」と言われ、彼女から「コレでも食べて何所かよそへ行け」と言わんばかりにバルバトスは菓子を投げ渡された。

その日から丁度一月後。

「お前、お返しはしたのか?」
「…?貴様、何の事を言っている」
いつの間にか己の背後に現れたリヒターを睨み付け、バルバトスは唐突に聞かれた言葉の真意を図りかね質問で返した。
「…何、とは…。
お前、先月貰ったのだろう?」
「なんの事だ」
「…サラから菓子を貰ったのだろう?」
「…それがどうした」
確かに一ヶ月前に渡された、それは認めざるを得ないバルバトスは彼の問いに肯定的に答えた。
「何の気紛れかは分らぬが、あのサラが土産に買ってきたのだ。
貰ったのであればお返しぐらいはするのだなバルバトス」
「…フン」
自身も土産として菓子を貰った、と言わんばかりなリヒターの物言いにバルバトスは僅かに眉根を寄せる。
その話し振りから察するに、リヒターはお返しをサラへと渡したのだろう。

 ──忠告はしたぞ?

そう言い置いてリヒターはその場を立ち退く。
「……」
そんな彼の様子をどこか忌々しげに眺めた後、バルバトスはしばらく思案したのち。
何かを思いつき姿を消した。

 一方。

「…今日は何かあったのか?」
行く先々で先月と同じくプレゼントを贈りあっている天使達を見かけ、サラは『また奴が暴れないといいが…』と思案していたところに偶然リヒターと出くわし、彼から菓子を貰ったのだった。
「不思議なこともあるものだな」
彼から貰った小箱をしげしげと眺め彼女は呟いた。

 そう、サラはバレンタインデーの一月後にホワイトデーというイベントがあるということを知らなかったのである。

「…まあ、厚意を無碍にすることもあるまい。頂くとするか…」
そう言うとサラは木陰に腰を下ろすと包みを開け、中身を確認する。
「ほお…?美味そうなクッキーだな」
彼女はクッキーを1つ摘まむと口にした。程よい固さ、食感。程よい甘さ。

──これはなかなか…

クッキーの美味しさに舌鼓を打つと、サラは程なくして完食していた。

 もうしばらくここでのんびりしているか…と、サラは真後ろにある樹木に背中を預け少しだけ目を瞑ろうとする。

 するとそこへ、遠くから異様な気配をサラは感じたのだった。
それは、己も良く見知っているそれ。だが、いつもとは何所となく違う。
寛ぎモードから一瞬にして臨戦態勢をとるサラの前に、その気振りの主が姿を現した。
「……見つけたぞ、サラ!」
「…誰かと思えば、おまえか。
一体何の用だ?バルバトス」
見知った気配ではあったが普段とは微妙に違う素振りであったため、念には念を入れてサラは未だに警戒を解かない
彼女のそんな態度には目もくれず、バルバトスはサラの手を問答無用で掴む。
「?!」
意外な行動にサラは己の目を疑った。
「ついてこい」
「…は?」
おもむろに歩き出したバルバトスについていく形になったサラは我に返ると
「ちょっと待て。どこへ行くのだ」
至極もっともな質問を口に出す。
「…今日は俺に付き合ってもらうぞ、サラ」
「は?だから何所へ」
「……」
それきりバルバトスは口を閉ざしてしまい、目的地も分らぬままサラは彼の後ろにつくしか出来なくなってしまった。

 心なしか、バルバトスの頬が赤く見えるのは気のせいだろうか。

──熱でもあるのではないか…?

普段からは考えられない様相にサラは眉を顰めつつも、今のところは無駄に暴れることもない彼の姿に「まあ今日ぐらいはいいか」とバルバトスの希望にのってやることにしたのであった。

携帯サイト初出日:2010年3月19日 了
加筆修正:2024年7月21日

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