神々の黄昏 第一話

 ここはどこだろう。
眼前に広がるは広大な山脈。その目と鼻の先にある野原にソルディースは降り立った。

そよぐ風につられるように花吹雪が舞う。とても神秘的な場所だ。
辺り一面鈴蘭が可憐に咲き誇りその頭を揺らしている。
ソルディースはしばしその光景に目を奪われ、ただひたすらその風景を見詰めていると、にわかに辺りが物々しい喧騒をかなで出していた。

 ―――彼女がその場に降り立つ数刻前。
「なんだと…?」
この世界の主なる存在、アスガルドにヴァルハラ宮を構えるアース神族の長。オーディンはある予言を聞き驚愕していた。

 彼が所有する、ミーミルの首が何者かのヴァルハラ来訪を告げたのだ。
しかも、その予言はラグナロクにも関連しているという。

「…これは忌々しき事態だ」
オーディンはしばし沈黙した後…
「件の来訪者をヴァン神族に目をつけられる前に捕獲せよ!」
彼の片腕とも思われる地位に着く女神に命を下す。

「仰せのままに」
オーディンの有能な部下である女神フレイは、主君の命を速やかに遂行するためその場を後にしたのであった。

 ───さて。場面は彼女、ソルディースがアスガルドに降り立った時間に戻る。

「…辺りが騒がしくなったな」
何かあったのかしら?

 自分が原因で周囲が騒々しくなっているとは思いもしないソルディースは、いまだのんきに、素晴らしい風景に目を奪われていた。

「いたぞ!!あそこだ!!」
遠くからそんな声が聞こえる。

「見かけない顔に服装、確かにそうだ」
そんな声も聞こえる。

(…騒がしいな…)
ソルディースは騒がしさをものともせずその場に留まっているとにわかに己の体に痛みが走った。
「?!」
これにはさしものソルディースも驚くしかなかった。

 何故だか分からないが、何らかの方法で攻撃されたようである。
自分の体が宙に浮いたかと思うと、長い栗色の髪を振り乱し地面に叩きつけられていた。
そのうえ、何者かに組みしだかれている。

「な、なんですか!ちょ」
ソルディースは突然の出来事に声を上げるしか出来ない。
体中を強か打ち付けたのかそこかしこが痛む。
もがいてももがいても締め上げられる力は緩むことはなく。むしろ締め付ける力は増すばかり。

「おとなしくしろ!」
「何もしていないのに攻撃されれば大人しく出来るわけなどないでしょう!」
複数人に抑え込まれ更に締め付けられ節々が悲鳴を上げている。
苦痛に呻きソルディースは鎧をまとっている彼等をどう蹴散らそうか思案しつつも身を捩らせる。
 そうこう争っているうちに、ソルディースの頭上から凛とした声が響いた。
「守備はどう?」
「はっ!この通り捕獲完了しました、フレイ様」
「そう、ではオーディン様の元へ連れて行きましょう」
そう言うや否や、フレイと呼ばれた女性はソルディースを羽交い絞めにしている者へ『早く連れて行け』と言わんばかりに目線をやると、その者たちは蛇に睨まれた蛙のように身をすくませる。

この力関係を目の当たりにしたソルディースは一瞬で、このフレイと言う存在は、今自分を捕らえている者達よりも上の立場なのだろうなと理解したのであった。

(でも、だからと言ってなぜ私が捕まらなければならないのか…)
あがいても何の進展も無い事を悟ったソルディースはこの場は大人しく、その『オーディン』とやらのところまで連れて行かれるのを選んだのであった。

 兵士に両側を固められ逃げる事も適わないソルディースは渋々彼等の指示に従い、草原を後にする。
暫く歩いたのちに辿り着いたのは荘厳な宮殿であった。
宮殿の廊下を兵士に連れられ黙々とソルディースは歩いた。
その道中、黒髪の美少年とソルディースはすれ違う。
フレイはその少年を気に留める事も無くつかつかと歩みを進めている。
兵士たちもそれに倣いソルディースに早く歩けと促しつつ歩むことをやめはしない。
ソルディースはその少年から目が離せなかったのだが、兵士に急かされ仕方なしに前に向き直り歩みを進めた。
「……」
黒髪の少年は見知らぬ人物が兵士に引き連れられている異様な光景を珍しく思ったのか
暫く廊下で彼等を眺めた後、こっそりとその後を付けるのだった。

 長い廊下を歩き続け、ソルディース達は開けた場所に辿り着いた。
その場所は天井がとても高く、荘厳な装飾を施されている。
広間の奥まった場所には大きな椅子があり、まるで王宮にある玉座の様であった。
そこには銀髪の紳士がゆったりと座していた。
「オーディン様。件の者を連れて参りました」
フレイは座したままソルディース達を見詰めている人物に恭しく首を垂れると
兵士達は彼女を放し、広間を後にする。
その場に残されたのはオーディンと呼ばれた紳士とフレイ、ソルディースのみとなった。
ソルディースはアメジストを思わせるかのような双眸で辺りをぐるりと見まわし、
オーディンを見詰めた。
『件の者』という事は、彼等は何かしらソルディースの事を知っていたという事に他ならないのではないだろうか?彼女はそう思って不思議そうにオーディンを見たのだった。

「ご苦労であった」
オーディンはフレイに労いをみせると彼女は深々と頭を下げた。
「…さて。私がこの世界…アスガルドを統べるアース神族の長、オーディンである」
オーディンは椅子から立つことなく口を開いた。
「貴殿がアスガルドに降り立つことはミーミルの首の予言により既に把握している通りだが…
まずは名を聞こう」
オーディンは名乗るようにソルディースに促した。
「……。ソルディース」
ソルディースは名を告げると次にオーディンは
「このアスガルドに降り立った目的は何だね?」
鋭い視線をソルディースに向け、核心に迫る質問をしたのだった。
「……それは」
ソルディースは目的を正直に言うべきか悩んだ。
何せ、攻撃を辞さないような兵士を従えているような人物である。
下手をしたら自分の身に危険が降りかかるかもしれない。
「…ん?些か身形が崩れているようだが…
手荒な事をしてすまなかったな」
オーディンはソルディースの衣服に土がついていたり頬にうっすらと痣が出来ているのを見、
部下の非礼を詫びた。
「…。……世界の見聞を広げるため…です」
ソルディースは大まかに目的を伝えるにとどまった。
「…ほう?ミーミルの首の予言では
世界の終末に関係しているとあったのだが…?」
オーディンは興味深げにソルディースを眺める。
ソルディースにとってはミーミルの首と言うのは分からないが、
訪れた目的の核心は相手側に知られていると察した。
「…私は世界の終末をただ見詰めるだけです。
特に干渉は致しませんのでご安心ください」
「ほう?どこにも与しないと?」
「はい、そう言う事になります」
ソルディースは表情を変えることなく淡々と質問に答えた。
「だが、我等の敵ヴァン神族は貴殿の事をそうは捉えないだろう。
我がアスガルドに暫く滞在してみてはどうか?」
オーディンはソルディースにそう提案したが、それはオーディンの監視下にあるという事とほぼ同義ではないか?とソルディースは返答に詰まった。
「何も監禁するわけでもない。
貴殿の身の安全を保障するものだが…」
オーディンがフレイを見やると彼女も頷いた。
「……そうですか。では御厄介になります」
提案を断れば逆に身に危険が及びかねないと感じたソルディースは彼等の提案を受け入れた。
「おお、そうか。
ではフレイ、後は任せたぞ」
「承知いたしました」
そう言うが早いか、フレイはオーディンに一礼するとソルディースに向き直り
「宮殿内を案内するわ?ついてらっしゃい」
ソルディースの返事を待たずにつかつかと歩き出し広間を後にしていった。
その様子に呆気にとられたソルディースであったが、気を取り直し彼女の後を追っていった。

 フレイに追い付いたソルディースは、一通り宮殿内を見て回りアスガルドの事情を大まかに把握した。
現在はラグナロクに備え地上…人間界、ミッドガルドから英雄として死した人間を先兵として迎え入れ戦力増強に努めている所だという事。
宮殿内には神界にやってきた英雄…通称、エインフェリアたちがおり日々鍛錬を積んでいるという事。この世界にはアース神族のほかにヴァン神族や様々な敵がいることなどを知る事が出来た。
「これで一通り宮殿の案内は終了よ。
貴方にはヴァルハラでの行動に制限は無いけれども、アスガルドからは出ないように」
私は執務があるから失礼するわ、そう言い置いてフレイは広間へと戻って行ったのだった。

「…それって、ヴァルハラ以外での行動は制限するって事でしょう…」
はあ…とソルディースは溜息を洩らした。
ヴァルハラの傍に在る鈴蘭の園に辿り着いたソルディースは腰を下ろし、
なんだかなあと長嘆息を漏らすと仰向けになり空を眺めた。
空はとても青く澄んでおり、ぼうっと眺めていると吸い込まれそうになる程綺麗なものだった。
ただ只管青空を眺める。
どの位の間、そうしていただろうか。
ふと、ソルディースの顔に影がかかる。
「…?」
「やあ、また会ったね?」
声を掛けられソルディースはがばりと起き上がる。

ソルディースの傍に居たのは、広間に向かう廊下で見かけた黒髪の少年であった

移転前初出:2018年2月5日

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