恤愛に値する笑みよ

「ソルディースの笑顔を初めて見た」
フレイアはそう言っていた。
「あたしだってソルディースと話してるのに見たことが無かったなんて」
とも言っていた。
彼女の口振りからすると、ソルディースとはたまに会話を交わしているらしい。
人懐っこい性格のフレイアの事だ。
当然と言えば当然だろうか。
誰にでも臆することなく話しかけるフレイア。
オーディンの片腕ともいえる実力の持ち主フレイの妹。
だがそんな彼女でもソルディースの笑顔は今まで見たことがなかったと言う。
「なんだか悔しいわ?ロキだけが知っていたなんて」

このフレイアの言葉にロキは何故だか少しだけ、ほんの少しだけ。
彼女よりも優位に立っているのだと思え、満更でもない笑みが自然とこぼれていた。

思い返せば、確かにソルディースはポーカーフェイスと言える部類だろう。
普段は表情をあまり変えることはない。

現に、今もこうしてフレイと話しているのを見るに全く顔色一つ変えない。

 ロキはヴァルハラ宮、広間で何やら話している彼女等を眺めながらソルディースを観察していた。
「この件は以上で終わりよ。あとは自由になさい」
フレイは会話を切り上げるとオーディンの元へと向かう。
どうやら話は終わったようだ。
ソルディースはふう、と一息つくと自分に向けられている視線に気付いた。
「……?何?」
「いや?何も?」
ソルディースは視線を辿るとロキがじっと見ていたのを知り声を掛ける。
それに対しロキは肩をすくめ答えた。
「?」
変なの、とソルディースは首を傾げる。
それを見たロキは、彼女は意外と表情を変えることに気付いた。
そう、自分に対しては。

 よくよく観察してみるとソルディースは自分に対しては感情表現が豊かである。
ソルディースと初めて会った時。
初めて会話をした時。
度々顔を合わせた時の事をロキは思い返す。
どの時も良く表情を変えていた。
ある時は盛大に溜息をつき。
ある時は話の内容が真実であるかどうか疑いジト目をしたり。
面白かったのであろう時は笑みを浮かべていた。
今まで特に気にも留めていなかったが、その向けられた笑顔は自分だけが見れていたことを知ると悪い気はしない。

ヴァン神族とアース神族の混血であるロキは双方の神族から快くは思われてはいない。
そんな自分に素を見せるものなど居なかった。

フレイアやレナスとは時々話をする。だが彼女等も素を見せているわけではない。
しかしソルディースは取り繕う事も無くありのままの自分を曝け出しているように思える。
「…私はいつもの所に行くけどどうする?」
ソルディースはロキに話しかけながら歩みを進めるとロキは無言で彼女の後につきニヤリと笑んだ。
(…良く分からないけど今日はご機嫌ね)
ソルディースは首を傾げながら広間を後にする。
「……あの二人は仲が良いようだな?」
「……そのようですわね」
オーディンとフレイは広間を退室したソルディースとロキの背を見送った。

 ソルディースとロキは彼女のお気に入りの場所である鈴蘭の園に辿り着くと、
その場に腰を下ろし景色を眺めながら談笑を楽しんでいた。

「…と、言う訳だったのさ」
「へえ…それはまた凄いわね」
ロキの数々の武勇伝を聞きソルディースは身を乗り出しながら話に夢中になっていた。
「私もアスガルドから出てその場所に行ってみたいわ」
出ることは禁止されているから無理ではあるけれどもね?
ソルディースは肩を落とし盛大に溜息をついて残念がる。
「まあ、僕も今はアスガルドの外には出ていないけどもね」
オーディンが例の予言の件で兵力の増強に力を入れているからね
ロキはにやりと口角を上げると目を細めた。
ソルディースの反応がとても心地よかったからだ。
どの話にもソルディースは面白いほど反応を返してくる。
それはロキの心を揺さぶるほど。

アスガルドではロキはオーディンの義兄弟であるとはいえ待遇は良いとは言えない。
自尊心がとても強いロキは己の置かれた状況に不満があった。
同じ混血でも自分はヴァン神族との混血。
ただそれだけの為に蔑まされる。
それがとても我慢がならなかった。

だがソルディースはそのような問題には全く関心がない。
対等の存在として接してくる。
こうして会話を重ねながら彼女は素の感情を曝け出してくる。
実に気分が良い。

ロキはソルディースの笑みを見、自分だけしか知らないその笑顔が心地よい事に気付く。
この気持ちは一体なんだ?とロキは人の良さそうな笑みをソルディースに向けて面に浮かべながら考え込む。
アース神族を憎む気持ち、オーディンを憎む気持ち。世界を憎む気持ち。
それらとは真逆な気持ちが己に芽生えていることにロキは内心戸惑いを隠せない。

 ああ、恤愛に値するその笑みよ。
願わくば、これからもその笑顔を。心を僕にだけ見せておくれ。

移転前初出:2018年8月8日

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