ソルディースがアスガルドに降り立ち早一月が過ぎた。
そんなある日のこと。
いつものごとくソルディースは鈴蘭の園で何の気なしに寝転がり空を眺めていた。
アスガルドから出る事は叶わないため、ヴァルハラ宮の傍に在るお気に入りのこの素晴らしい景色を眺めつつ日がな一日過ごすことが増えていたのだった。
遠くからはエインフェリア達の喧騒が聞こえる。
彼等が奏でる鍛錬の音に飽きることはなく。
ソルディースはただ只管空を眺めていた。
澄んだ青が美しい。吸い込まれてしまいそうだ。
ソルディースは空を愛でながらそう思いを馳せる。
いつかは黄昏に染まってしまうこの空。
その時が来るまでは、この美しい風景を楽しみたいものだ。
可憐な花を咲き誇らせる鈴蘭の園も、ラグナロクが始まれば戦禍に燃え尽されてしまうのだろう。
戦とはそういうものだ。
(…願わくば…)
目を閉じ、暫くは平穏なこの世界を目に焼き付けたいとソルディースは心から願う。
「…またここにいた…!
よっぽどここが気に入ったのね?」
ソルディースの頭上から可憐な声が響いた。
「?」
その声にソルディースはぱちりと目を開ければ、声の主がソルディースの顔を覗き込んでいた。
空の青に金の髪が映える。天真爛漫を具現化した少女のような姿をしつつも内包している力はトップクラスの女神がそこにはいた。
「…フレイア…さん?」
何か用でも?とソルディースは目前にいるフレイアに答えながらむくりと起き上がった。
「フレイアでいいってば」
特に用はないんだけど、と彼女はソルディースの隣に腰掛ける。
大方、暇を持て余したから様子を見に来たといった所か、とソルディースは察した。
しかしフレイアはオーディンの右腕でもあるフレイの妹。
姉の命令で様子を見に来たの可能性も捨てきれない。
さてはて、今日はどちらが目的だ?とソルディースはこっそりとフレイアの表情を伺った。
ソルディースはアスガルドに来て暫くしてからフレイアと顔を合わせ、暇な時はこうして他愛もない会話を交わすようになっていた。
フレイアもソルディースとの何気ない会話は年の近い友人との談笑に思えるようで。
表情は乏しいながらも律儀に返事を返してくれるソルディースの事を友と認識し始めたようであった。
「でね?お姉さまったら事も無げに言うものだから…」
「へえ…?」
人使いが荒くて困ると言いたげな表情で溜息をもらすフレイアを眺めソルディースは相槌を打つ。
上に立つ者の権力といった所か、とソルディースはフレイのその時の様子を想像しながらフレイアを見やる。彼女も苦労しているのだな、などと見詰めていると背後から聞き慣れた声が響いた。
「へえ…?今日はフレイアも居るのか」
「ロキ…!」
珍しい事もあるものだ、とロキはフレイアを揶揄うような口ぶりでソルディースの隣に腰を据える。
それに対しフレイアは「何をしに来たのよ」とジト目でロキを眺めたのだった。
「別に何も?」
フレイアからの一言が意外だったのかロキは肩をすくめ彼女の質問に答えた。
「暇だったから様子見とお喋りしに、かな?」
ソルディースはロキとフレイアのやり取りを見て微笑ましく思い、クスクスと笑みを見せる。
「まあ、そんなところかな」
ソルディースの笑顔を見てロキも自然と顔が綻んでいた。
「……」
そんな二人をフレイアは無言で眺める。
「…どうかしたのかい?」
難しい顔をしているフレイアに気付きロキは彼女に声を掛けた。
「……ソルディースの笑顔を初めて見た」
貴女ちゃんと笑えるのね
フレイアはまじまじとソルディースの顔を見詰めた。
「普段表情があまり変わらないから意外…」
「……そう?」
フレイアの言葉にソルディースは驚き真顔になりながらロキを見やる。
ロキはソルディースの問いには答えず、ただし意味ありげに彼女を眺めたのだった。
ソルディースとロキの反応から、この二人は自分より長く時間を共にしているのだろうとフレイアは察し。
「…ずるい、あたしもソルディースともっと話したいし笑顔が見たいわ?」
むむう…と眉を寄せ口を尖らせフレイアはソルディースを見詰める。
「時間が合えばいくらでも」
ソルディースは真顔でしれっと言いのけ。
「フレイアは忙しいから仕方ないじゃないか」
ロキは宥めるようにフレイアに話しかけた。
「でもなんだか悔しいわ?ロキだけが知っていたなんて」
あたしだってソルディースと話してるのに見たことが無かったなんて
ぶすっと不機嫌そうに顔を曇らせフレイアはロキを見やる。
ロキはフレイアからの視線をものともせず彼女を見つめ返した。
傍から見ると仲の良い友達同士のように見えるロキとフレイアのやり取りが微笑ましくなってきたソルディースは再び忍び笑う。
それを見たフレイアは少し気が紛れたのか表情を和らげた。
そこへ陽の光が燦々と輝いた。
鈴蘭の園に温かな光が差し込み辺りを照らす。
「…あたたかい」
「そうね。陽だまりが気持ちいいわね」
フレイアが目を細め空を見上げるとソルディースはごろりと草地に寝転び空を眺める。
ロキはそんなソルディースをいつまでも眺めていた。
陽だまりの庭。
願わくば、この細やかな一時が長く続きますようにとソルディースは祈りつつ目を閉じた。
移転前初出:2018年7月26日
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