冥界でアテナ沙織とシャカと無事に合流した美鷺は
ハーデスが居るであろう場所を目指す。
当初、ハーデスは冥府の底に在る楽園…エリシオンに居るかと思われそちらに向かって歩みを進めていた。
が、巨大な小宇宙に見知った小宇宙が混じった状態で冥界・第八地獄最深部ジュデッカにハーデスと思しき気配があることに気付いた沙織はジュデッカへと進路を変えた。
まず第一にシャカが先陣を切ってハーデスに面会し、直後沙織が現れる。
ハーデスの肉体は瞬のものであったため、彼を助ける名目で乗り込んだのだ。
美鷺も慌てて沙織の後ろに陣をとる。
ハーデスとの問答の末、彼は沙織めがけて槍を放った。
沙織はそれを素手で受け止め、己の滴る血液にまじらせた小宇宙により瞬の小宇宙を目覚めさせて
ハーデスの魂を肉体の外に出すことに成功。瞬を助ける事が出来たのだった。
依代を奪われたハーデスは激昂し、アテナに襲い掛かるも沙織はそれに応戦し、逃げるハーデスを追ってジュデッカにある次元を隔てる壁、嘆きの壁を通り抜けていった。
美鷺もそれに倣い嘆きの壁を通り抜け、冥界最深部にあるエリシオンへと足を踏み入れた。
シャカは嘆きの壁で取り残される形となる。
エリシオン。
地獄の世界であったジュデッカまでの様相とは違いここは草花に満ち
神話の時代のまま存在するかのごとく澄み渡った青空があり、極楽そのものを描いているようだった。
遠くからハープの音が聞こえる。
更にはるか遠くに聳え立つ巨大な神殿。
恐らくはそこにハーデスが立て篭もっているはずだ。
「…ついにここまで来ましたわね」
美鷺は沙織に声を掛ける。
「ええ。ハーデスの後を追いましょう」
二人連れ立ち慎重にエリシオンの花園を巨大な神殿目指して歩く。
暫く歩みを進めたところで背後に気配を感じ美鷺は振り返った。
そこに居たのは金と銀の髪を持った美しい男神二人。
「…ほう?
許可なく侵入した者の気配を感じたと思えば」
銀髪の男が口を開けば金髪の男も続いて口を開いた。
「アテナとその守護者がようもここまで」
二人はローブを纏ってはいるが冥衣の一部であろうマスクを被っている。
あちらはすでに戦闘態勢をとっているようだった。
──…拙い。
美鷺自身は封印を解いているため如何様にでも対処できるが
如何せん沙織はまだ生身のまま。
後から来るであろう星矢達がアテナの聖衣を持っていればいいが
それを待つまでにまだ時間がかかりそうである。
「…沙織。ここは私が二人を少しでも足止めしておくから
貴女は急いで最奥の神殿を目指して?」
「でも…!」
「私なら大丈夫、もう人とは違うから」
さあ、行って!
美鷺は一定区間のみ有効の結界を自分の周囲に張り沙織を逃がした。
「ほう…小癪にもアテナを追わせないつもりか」
金髪の男は美鷺を睨む。
「我等二人を甘く見ているのではないだろうな?」
銀髪の男は嗜虐的な笑みを浮かべた。
「我が名はタナトス。
ハーデス様の忠臣よ。ヒュプノスの様に手加減など一切せぬから覚悟しろ」
銀髪の男はタナトスと名乗る。残された金髪の男、ヒュプノスはタナトスに待ったをかけた。
「タナトスよ。守護者であるミサギは無傷で捕らえよとハーデス様は仰せだ。
あまり事を荒立てるな」
「心配するなヒュプノス、少し揶揄っただけだ」
タナトスは間合いに居る美鷺をそのまま捕まえようと手を伸ばす。
あと少し…と言う所で美鷺は身を捩り難なくと逃れた。
「……」
タナトスは無言で同じ所作を見せる。美鷺はそれに合わせて同じく身を捩りかわす。
それが何度も何度も続いた。傍から見れば鬼ごっこ状態である。
「…おのれちょこまかと…!」
次第に苛立ちを覚えたタナトスは速度を速める。それでも美鷺は一向に捕まる気配を見せない。
「埒が明かぬわっ!ヒュプノス、貴様も手伝え!」
「仕方あるまい…」
今度は2対1での攻防になった。
捕まりそうになるすんでのところで美鷺はすり抜ける。
あちらへひらり、こちらへひらり。
間髪入れずに手が回りようものなら上空へ飛びのける。
それが何度も何度も続いた。
──…沙織はどこまで進んだだろうか?
そろそろ、この二人の神がすぐには追いつけないような距離まで至っただろうか?
そう考えながら二人の迫りくる手を逃れながら上空に跳んだ矢先。
「…甘いな」
「!!」
美鷺の目の前にはヒュプノスが居て。
次の瞬間。
「ぐっ…う…」
ドスッ!と、鳩尾にヒュプノスからの掌底が決まり、美鷺はガクリと意識を失った。
美鷺が次に目を覚ましたのは、ハーデスの本当の肉体が眠る場所、神殿の広場に鎖で繋がれている時であった。
傍には沙織が大甕の中で眠っている。それを必死で救い出そうとしている星矢と一輝が見て取れた。
それからほどなくして、星矢と一輝はまっしぐらに大将首であるハーデスの肉体目指して神殿へ突き進み…ハーデスが完全に降臨した。
星矢の機転により最たるタイミングでアテナの聖衣を沙織めがけて解き放つ。
大甕から沙織が復活し、神話の時代より続いた聖戦が終わりを告げようとしていた。
「…ミサギ。
アテナの元に居て学んだことはあるのか」
ハーデスはアテナを見据えながら美鷺に疑問を投げかけた。
「其方は同族同士の争いが殊の外嫌いなのであろう?だのに人間どもはそれをやめることなどできはしない。
聖闘士ですらそうであったのだ。人間どもの傍に寄り添うアテナの元に居ても何一つ良い事は無いぞ?」
ずっとアテナの元に居る其方が不思議でならない。
ハーデスは理解できないと首を振った。
「…今回の分はハーデス、貴方がきっかけを与えたに過ぎない。それに真意は違っていたわ?
私は同族同士の争いは嫌い、それは今でも変わらない。
でもね、アテナの元に居て人間はそう捨てたものじゃないと学んできたわ!」
だから私はこれからもアテナの元に居る。約束が果たされるまでは…!
美鷺はそう宣言すると戒めで巻かれていた拘束用の鎖を術で粉々に打ち砕いた。
「…貴女の目は曇っているのだ。
アテナが敗れればそれに気付くだろう」
ハーデスは美鷺の決意を聞くと更に沙織を見据え。
アテナとハーデスの一騎打ちが始まった。
やはり大の男と少女の体では力差がある。
徐々に沙織が押されていく。そしてあわやと言う所で星矢が立ちはだかりハーデスに直接攻撃を当てる事が出来た。だがその反面。星矢の胸にはハーデスの剣が深く突き刺さっていたのだった。
「星矢…!!
死なないで!愛する人の為にも生きて!!」
沙織は泣きじゃくる。星矢の小宇宙は徐々に弱まりつつあった。
そこにハーデスは気を取り戻し、自身の剣を星矢から引き抜き手元に戻す。
アテナの逆鱗に触れる発言をし、青銅聖闘士たちにも阻まれ。アテナの黄金の杖の直撃を受けたハーデスの敗北で聖戦の幕は降ろされた。
「帰りましょう、地上へ…」
崩れ行く冥界で沙織は涙しながら星矢を抱いたまま呟いた。
「…その前に。星矢の治療をしましょう。
まだ間に合うかもしれない」
そう言うと美鷺は深手を負った星矢に近付き傷口に手を添えた。
神聖衣を纏っていたとはいえ相当深く剣が突き刺さったようで傷はかなり深い。
冥界も崩れつつある中で長時間治療を施せるとは思えなかったので美鷺は治療術の中でも最上級の術で星矢の傷口を塞ぐことにした。高速詠唱で術を発動させ添えた手で直接治療を施す。
治療開始から数分。傷跡は残るものの止血も終え、傷口はようやく塞がった。
血液の喪失量も多い為、予断は許されないが小宇宙は辛うじて感じ取れる。
ぎりぎり間に合ったといった所か。
「あとは地上で安静に…。傷をどうにかするのは間に合いました。
ここから先は星矢の宿命次第です」
冥界も崩壊していく勢いが増してきている。時間は刻一刻と過ぎている。
「急ぎましょう」
沙織は青銅聖闘士5人と自身に結界を施す。美鷺は背に翼を開放し、冥界に降りる際に所々残した道標を頼りに空を駆ける。一行は迅速に地上を目指した。
地上、聖域。
「アテナがお戻りになられたぞ…!!」
聖域で防衛に勤しんでいた残りの青銅聖闘士や白銀聖闘士、雑兵たちが一目散に沙織と星矢達の元へ駆けてくる。
無事地上に辿り着いた沙織たちは聖域白羊宮前の広場に到着したのだった。
「星矢!!」
魔鈴とシャイナ、星矢の姉の星華は星矢の元に駆け寄る。
小宇宙が辛うじて感じられる状態ではあるが未だ昏睡状態であった。
役目を終えたといわんばかりに神聖衣は通常の青銅聖衣の姿に戻る。
「どこか休める場所で安静にさせましょう」
沙織はそう言うと星矢をどこで寝かせるか思案した結果、修行時代利用していたという魔鈴の家に寝かせることにしたのだった。
「…無事、すべてが終わった…」
美鷺は長く続いた聖戦が終わりを告げたことを感じ取り、広場でほっと一息ついていた。
神話の時代から続く神々の侵略の手がようやく止まったのだ。
これからは平和な時が続くだろう。
地上に蔓延る悪とは、神々の手から離れた地上を取り戻そうとする神々の妄執なのかもしれない、美鷺は今回の件でそう考えるようになっていた。
かつてアテナは「神も人もそう悲観することは無い」と言っていた。
人間に関しては悲観することもないだろうと美鷺は地上で人として暮らしてみてそう思えるようになった。神に関しては未だ悲観的な面しか見えていないが。
人は罪を悔いてやり直せる。よりよい未来へという希望を持っている。
聖闘士たちは地上を守りアテナを守り多くの人の未来を守った。
アテナは地上の人々や聖闘士たちの持つ愛の力を信じた。
「…そう捨てたものではない、か…」
美鷺は一人呟くと、この世界での自分の存在意義を考え始めた。
アテナとの約束は果たされつつある。
人の世は捨てたものではない、それは証明された。神々の世は…どうであろうか?
地上にいない間は神の世で女神の傍に居たが、一応平穏ではあった。
「…そろそろ還るべきなのかもしれない」
美鷺は一抹の寂しさを感じると沙織の元へと足を進めだした。
それから一週間後。
「お姉さま。大変なことに私気が付きました」
沙織が聖域・教皇の間に置いて聖域の再建に尽力している最中。彼女は口を開いた。
「?」
「天が乱れれば地も乱れる、でしたよね?」
「…ええ」
「海界と冥界がない今、天のバランスが乱れるのでは…」
「……あ」
言われてみればそうだ。神々は天・海・冥とそれぞれ領域を決めてそれぞれを治めていた。
そのうちの二つが欠けている今、世界のバランスは非常に危ういものになっていると言っても過言ではない。
「…仕方がありません。今一度冥界へ行って掛け合いましょう」
アテナの鶴の一声で、再び彼女と美鷺は冥界へと足を踏み入れた。
死という概念がない神々ではあるが、本来の肉体を強か傷めてしまったハーデスは魂のみのままエリシオン跡地を彷徨っていた。
彼の肉体は今、傷を癒すために御所跡地で眠りにつかせている。
「…冥府の再建が大変ではないか」
崩壊した領地を見て回りハーデスは独り言ちる。
「ハーデス、お話があります」
1人嘆いていたところで天敵の声が響き咄嗟にハーデスは背後を振り返った。
「アテナ!」
何しにここへ降りてきたと言わんばかりにハーデスは睨みを利かせた。
「そう警戒なさらないでください。今回は美鷺しか供は居りません。
大変なことに気付いたのです」
「なんだ…今頃、愛などとは幻想であると気付きでもしたのか」
嫌味たっぷりにハーデスは冷たく言い放つ。
「いいえ、違います」
それに対しアテナはきっぱりと言い返した。
「今、神界は主神ゼウスの統治する天界しかない形になっております。
天界全てに海界冥界の仕事が集中しているのでは…」
「……」
「…お父様がお怒りになるのでは」
「……有り得る」
しかしだからと言って聖戦はやりすぎたとは言えない。お互いの信念がかかっているのだから。
「そこで提案があります」
アテナは三界協定を結び、聖戦で亡くなったそれぞれの闘士と世界含めて復活させることは可能かどうかと提案した。
「ポセイドンの許可は得ております。
あとは貴方の意思次第なのですが…」
そこまで手筈を整えていたことにハーデスは溜息をつきながらもアテナの提案を承諾し、
各界それぞれの闘士の魂を開放すると共に海界冥界の権能も復活した。
アテナの提示した三界協定。
まず、地上には金輪際侵略の手は出さないこと。それに伴い地上も各界の統治には不可侵を約束する。各自の世界の安寧を保つこと。定期的に各界持ち回りで会談を行い世界の安寧に勤める事。
以上が盛り込まれていた。
これにより世界のバランスが保たれ、地が乱れる事もなくなるだろう。
美鷺は安堵すると、いよいよもって還る時が近付くことを感じていた。
アテナと美鷺が冥界から戻ると、教皇の間には黄金聖闘士全員が集結していた。
「アテナ、よくぞご無事で…」
サガは涙ぐみながら沙織を迎え入れた。
傍らには教皇服を纏った人物…今や美鷺には懐かしい人物がそこにはあった。
「美鷺も、良く無事にアテナを連れて帰ったな」
教皇服に身を包んだシオンが美鷺に声を掛ける。
「あら、聖戦はもう終わったんですもの。心配はいりません」
美鷺はしれっとシオンに答える。
「これで世界の平和も保たれるだろう。
ミサギにも苦労掛けたな。しばしゆっくりするが良い」
シオンはにこやかにそう言祝ぐと美鷺の頭をよしよしと撫でた。
「…そうね」
美鷺は少し悲しそうな笑みを見せると、黄金聖闘士と沙織の談笑姿をじっと眺めるにとどまった。
その日の深夜。
女神神殿にて美鷺は一人物思いに耽っていた。
「ゆっくり…か」
出来ればそうしたい所ではある。だけれども約束が果たされつつある今、
自分の存在は許されるのだろうか?
美鷺はそう考え悩んでいた。
本来の世界からの迎えもそのうち来るだろう。
そうしたら、帰るだけだ。
──…迎えに来たぞ?
「!!」
美鷺の背後に異空間が現れる。始めは小さな時空の穴。それが次第に大きくなっていき…
「…我が主…!」
美鷺は突然現れた主の姿を確認すると呆然と立ち尽くしていた。
思ったよりも迎えが早かった。そのためだ。
「この世界で何か学べたか?」
「はい…たくさん」
「そうか」
良きかな良きかなとその人物は頷くと美鷺に手を差し伸べる。
「さあ、帰るか」
「………」
美鷺はその手を取ろうとするも、戸惑う自分の心に驚きぴたりと動くのを止めた。
「…なんで…」
美鷺が自分自身に驚いているその時
「ミサギ、行くな…!!」
「!!」
いつの間にアテナ神殿に来ていたのだろう、サガが美鷺を目指して駆けて来ていた。
「さ、サガ?」
彼にとっては見たことのない人物が美鷺の目の前にいる。その人物は帰ると言っている。
美鷺はその手を取ろうとしていた、ということは美鷺はこの世からいなくなってしまうのではないか?
サガはそう考えるに至り、美鷺の手をつかんで己の方へと引き寄せた。
「行かないでくれ…傍に居てくれ…」
サガはそうはっきりと美鷺に告げきつく抱きしめた。
「で、でも私は…」
美鷺は突然の出来事に困惑していると主は興味深げに二人を見やった。
「ほお…?
よくぞ連れ帰る気配を察したな」
サガを見やると美鷺の主はそう呟いた。
「神殿に異様な空間が出来上がる気配を感じたものでな」
このサガ、異次元空間を操ることが出来る故の事だと謎の人物を見据えた。
「…我が後継者が帰りを躊躇っているのは…
ほほう…そうかそうか」
その人物は自身の顎に手を当て何かを考えながら頷く。
「ミサギ…頼む。行くな…」
「で、でも…私はここに居てもいいの?」
分からない、と言った風体で美鷺はサガの腕の中で困りだす。
「ああ…もちろんだとも」
サガは必死で美鷺を引き止める。
「ミサギが必要だ…。お前が居なくては…私は何のために蘇ったのだ…」
だから、行くな。頼む。
告白ともいえる発言をしつつサガは未だ美鷺を抱きしめていた。
「…我が後継者…美鷺よ」
「…は、はい」
サガに抱きしめられ身動きが取れない美鷺は主の問いかけに答える。
「其方にはまだ学ぶべきことがあるようだ。
よって、今暫くはその人物にお前を委ねることにしよう」
息災でな?
そう言い置いてその人物は美鷺を連れ帰るのをやめると、異空間と共に次第に消えていった。
「……今のは?」
サガは謎の人物が完全に消え去り、神殿に異常がないのを確認すると美鷺を抱きしめていた腕を解いた。
「…私が本来いた世界の主…。
私は彼の後継者なの」
だから、人ではないの。それでも居ていいの?
美鷺はサガに問う。するとサガは何を言っているんだといった顔をし
「ミサギはミサギだ。それ以外の何者でもない」
さあ、寝所に帰ろう。
サガは手を差し伸べると美鷺はその手を取り。
沙織の待つアテナの寝所へと二人は揃って歩んでいった。
私の存在意義。
今まではアテナとの約束の為だった。
それは今回の聖戦で果たされそう。
でも、新たな意義が出来た。
私、ここに居てもいいんだ…。
美鷺は気持ちも新たに夜を過ごしたのだった。
― 完 ―
移転前初出:2017年9月27日
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