第十七話 冥府へ

 かつての聖闘士が冥闘士として蘇った。
同族同士での争いが殊の外快く思えない美鷺にとっては艱難辛苦。
事態は急を要する。とにもかくにもアテナの元へと美鷺は急いだ。

教皇の間。
「沙織…!」
十二宮を駆けて漸くアテナの元に辿り着いた美鷺は沙織を探す。
すると目当ての人物は教皇の間にある寝台のある部屋に思わぬ人物と共にいたのであった。
「お姉さま…!」
「遅くなってごめんなさい?
守護者としての力を開放するための許可が欲しいのだけれど…あら?」
「……
それではアテナ、御前失礼します」
そう言って思わぬ人物…かつては海将軍として対峙していた双子座のカノンが席を外し何処かへと歩いて行ったのであった。

「……。
彼は何と?」
去りゆくカノンの背中を見送った後、美鷺は沙織に尋ねた。
「ええ、とても心強い味方となってくれました。
許されるならば、聖闘士として戦い抜きたいと…」
「そうですの…」
沙織は微笑み美鷺に答え、美鷺は、沙織が許可をしたのであれば最早何も言うまいと
「守護者としての力を開放するために、本来の姿に戻る許可が欲しいですわ?」
──よろしくて?
話題を元に戻した。
「ハーデスは冥界に居ながらにしてこちらを攻めている。
こちらも冥府へ赴く必要が出るかもしれません。
先手を打って本来の姿になっておきたいのです」
「まあ…。わかりました、許可いたします」
姉の、守護者としての一面を初めて見た沙織は美鷺の嘆願を受け入れ。
それを合図に美鷺は教皇の間・寝室を後にした。

 寝所を出て数分。教皇の間で異様な小宇宙を感じ美鷺は私室に戻る足を止めた。
「…何かしら」
──いつか感じたことのある小宇宙に似ている。
十二宮に一人連れられてきた頃に、時々双児宮で感じたそれに似ている。
だけども、攻撃的なものではなくどちらかと言うと惑わせるためのような、そんな気配。

あの時の小宇宙はサガの別人格のものだった。
だけども今、サガはいない。
だとしたら一体誰が……?

教皇の間の様子が気になった美鷺はこっそりと中に入る。
良く良く見れば、教皇の間中央部でカノンが微動だにせず立っていた。
美鷺は教皇の玉座の背から様子を伺う。
カノンは背を向けているため表情は窺い知れない。だが小宇宙から察するに
先程感じた惑わせる様な小宇宙の発生源はカノンで間違いないことが分かった。
──…どこへ向けて小宇宙を放っているのだろう?
美鷺は気付かれないように注意深く意識を巡らせ各宮の気配を順番に探る。
と、その小宇宙は双児宮に向けられていることが分かった。
──…知った小宇宙が一人…まさか…まさか
宮内を延々と走っている小宇宙とは別に攻撃的な小宇宙を感じ美鷺は目を見張る。
──…デスマスクとアフロディーテ以外にも何人か小宇宙があった気はしていたけれども
…まさか…そんな…信じたくない

その中に貴方が居るなんて。

その時だった。
双児宮から攻撃的な小宇宙が立ち上ったと思えば一直線にこの教皇の間へ向かってくるのがありありと感じられたのは。
「!!」
──…あの距離でもこの威力!下手をしたらアテナにまで害が及ぶ…!
美鷺は咄嗟に、寝所側に被害が出ないように防御結界を新たに張った。
次の瞬間。
部屋の中央めがけて眩い閃光が走ったかと思えば天上は破壊され穴が開き
轟音と共に衝撃波が美鷺を襲った。
「…!まずい!」
玉座ごと吹き飛ばされないよう咄嗟に結界を更に張る。
間一髪間に合ったものの威力は相当のもので辺りに砕けた床の破片や土煙が立ち込めていた。
直撃した人物は何らかのダメージを受けたに違いない。
「ふう…なんとか寝所には被害は出なかったようね…」
結界を解き美鷺は玉座の陰から身を乗り出し辺りの様子を伺う。

「なんだ今のは!!」
異変を感じた人物…先程までアテナと共にいたのだろう、ミロが教皇の間に様子を見に訪れた。
「…サガ…信じたくはなかったがずっと感じていた敵の小宇宙はやはりお前たちなのか…」
ミロは中央に開いた大きな穴や、ここまでの威力で攻撃してきた小宇宙を誰のものか判別しそう呟く。
そして着地点付近からよろりとカノンは立ち上がり兄を止めるには全身全霊でぶつかるよりほかがないと不惜身命の心構えをみせた。

「……」
美鷺はカノンとミロのその言葉を聞き、見知った小宇宙は自分の思い違いでないことを知るとそっと教皇の間を後にした。

──…信じたくなかった
私室に向かうのをやめ神殿に進路を変える。その道すがら美鷺は一人涙した。
自分だけの思い違いであってほしかった。でも現実は残酷なもので。

十二宮の時に示したあの言葉は偽りだったのだろうか?
これもまたアテナの求める正義の為なのだろうか。出来ればそうであってほしい。
あんなにも正義のために尽くしたいと願っていたサガだ。
ハーデス側からの束の間の命の享受の為にハーデス軍に与したと考えたくはない。
きっとのっぴきならない事情があるのだろう。冷静にならなければ。

ああ、この世界で迄同族同士の争いをみるなんて、なんと苦しい事だろう。

美鷺は神殿の傍に辿り着くと、己の封印を解くために結界を張り瞑想に入っていった。

 瞑想に入ってから数時間後。
聖域に入り込んだ正規の冥闘士は処女宮にて殲滅。
残るは先兵となっていたサガが率いるかつては黄金聖闘士であった面々のみとなった。
だが戦局はアテナにとって些か分が悪くなっていった。
神話の時代より禁じられた影の闘法を手段に選ばざるを得なくなったサガ達は禁忌の技を放つ。
それにより最も神に近い男と謳われたシャカが倒れたのだ。

アテナ・エクスクラメーションの威力により処女宮の傍らにあった沙羅双樹の園は壊滅的な被害を受け草花は散り荒野と化す。
一握りの区画に残された花々の散る園にてシャカは己の指先から滴る血で花弁に伝言を添えてアテナ神殿へと花びらを舞わせ、塵と消えていった。
「沙羅の花が…」
沙織は神殿に舞い落ちる花びらを眺め、シャカは何を伝えようとしているのか物思いに耽る。
すると、花びらの何枚かに血文字が描かれていることに沙織は気付いたのだった。
「阿頼耶識…!」
シャカは阿頼耶識を発揮して進軍することを促している。
美鷺は己の封印を解いている最中。
アテナとしてすることは…?

そこで沙織の決意は決まった。
アテナ自身も阿頼耶識を発揮して冥府へ赴くことを…。

 処女宮でアテナ・エクスクラメーション同士がぶつかり合う轟音が聞こえ、暫くして収まった。
その威力たるや、処女宮が半壊するほどであった。
いや、半壊で済んだのは奇跡的なものかもしれない。本来であれば聖域全土が巻き込まれ崩壊する危険もあったのだ。

その威力の中で、禁忌の技をお互いにぶつけあったムウ・ミロ・アイオリア、サガ・カミュ・シュラ。
均衡が崩れたことによりサガ達は技を喰らいもろにダメージを受け、起き上がるのがやっとであった。
最後に残ったサガ達を討とうとミロが構えたその刹那、沙織は至急サガ達を神殿まで連れてくるように
伝令を出しミロたちはそれに従うよりほかは無かった。

処女宮から神殿までは距離がある。
傷付いたサガ達を抱えながらミロたちが到着するまで時間が暫しあるだろう、それを見越して沙織はカノンに小箱を持ってくるように命じていた最中美鷺は目を覚ました。
「う……」
ピクリと指先を動かしそれからのそりと起き上がる。
ふらつく思考をはっきりさせるかのように一度頭を振り立ち上がった。
「戦況は?」
美鷺は神殿に足を運ぶと沙織を見据え、意識が無かった間の状況を確認しようと話しかける。
「…お姉さま。私も冥界に参ります」
シャカが先に行って待機しております。沙織はそう告げた。
「そう…」
沙織の答えを聞き美鷺も封印を完全に解いた。
それにより美鷺の髪は茶から、日が当たれば金に見えるかのような薄い飴色に。目は茶から灰色へと変わっていた。
「これで完全に封印は解かれた。
冥府の底までお供します」
沙織の覚悟を知り美鷺もまたそれに答える。
そこにカノンが箱を抱えて戻り、美鷺の姿が変わっていることに気付くと唖然としていた。
その姿に美鷺はクスリと笑むと「これが本来の私の姿よ」とカノンに告げた。

「…まだ封印を解いて間もない。
少し眠らねばならないけれど…ハーデス軍の地上拠点に着くまでは」
美鷺は少しふらつくとぺたりと座り込む。
「沙織はどうやって行く?」
「…私はサガ達に連れて行ってもらうつもりです」
「…じゃあ私も便乗しようかしら?」
美鷺は「私は仮死状態であるとでも伝えておいてもらえると助かるわ?」とカノンに告げるとそのまま眠りについた。

 数刻後。
「アテナ。サガ達を連れてまいりました」
比較的ダメージが少なかったミロ・ムウ・アイオリアがサガ達をそれぞれ抱えてアテナ神殿に辿り着いた。
「カノン、例のものをサガに…」
「はっ…」
カノンは手にしていた小箱をアテナの御前で蹲るサガに手渡す。
「それと、ミサギは無傷で連れて来いとの事だろう
こいつも受け取れ」
布で体を覆われ死んだように眠る美鷺をカノンは「仮死状態だ」とサガに説明すると床に寝かせる。
サガは手渡された小箱を開ける。と、そこに納まっていた黄金の短剣に目を見張りアテナを見上げた。
「な、なぜこれを…」
五感のうち四感を絶たれ声を出せないサガは声にならぬ声をあげ。
それに応じた沙織は「自分の命をとらせるため」と告げサガに短剣を持たせると自ら喉を突いたのであった。
「アテナ…!!」
剣の切っ先からは沙織の鮮血が地面に向かって滴り落ちる。
辺りにはいつの間にか血だまりが出来ていた。

サガは沙織の止血を施すと、亡骸に布を巻いて手厚く保護をすると抱きかかえ。
美鷺を抱き抱えたカミュに向き直り、シュラを伴って地上にあるハーデスの拠点へと向かって行った。
サガ達に残された時間はあと僅か。

 ギリシアから地上にあるハーデス城…ドイツにあるとある城に辿り着いたサガ達は
冥闘士の雑兵にアテナを連れてきたと告げると、雑兵はそのまま城内に居る女主人・パンドラに伝令を伝えに入った。
直に面通しをするとの事でパンドラはサガ達3人を広間に通す。
布で包まれたアテナの亡骸と無傷で捕らえた美鷺を見てパンドラは至極ご満悦であったが、
証拠である面を見せないサガに不信を抱き臣下に布をはがさせた。
そこから出たのは中身は空っぽの布のみ。
「…死体はどうした。
血だけでは証拠にならぬ」
更に詰問しようとしたパンドラの背後にシュラが回りこみ、
サガ達はこの時になって初めて真意を明かしたのだった。

その真意は、ハーデスの元まで行き本当の意思でハーデスを討つ。

だがしかしパンドラは時間が来たことを気付かない彼等三人に無情にも告げるのだった。
「愚か者め!!お前たちが今まで動けたのもハーデス様が下さった束の間の命のお蔭ではないか!」
恩も忘れた亡者どもは無間地獄へ落ちて永遠に苦しむのだ!と声高らかに言い放つ。
僅かに残っていた力もすべて失いサガ達は成す術もなく地面に伏した。

「伝令!これより地上のハーデス城を捨て全員冥界へ向かう。
冥界にて全冥闘士はハーデス様の守護に当たれ」
パンドラはサガの返答にアテナの行動に気付き、地上の城を惜しげもなく手放すと告げその場を後にしたのだった。

残されたのはサガ達3人とフログ、仮死状態の美鷺。

──……真意が知れてよかった

美鷺はサガ達3人の本当の意思を知り、やはり正義のための行動だったのだと安堵すると
眠りから覚めて沙織とシャカが待つ冥界へと向かって行った。

フログが横たわっていた美鷺が居なくなっていた事に気付くこともなく。
崩壊が始まるハーデス城内部に遅れてやってきた冥闘士にも美鷺の存在を気付かれることなく。

美鷺は無事に冥界に降り、沙織とシャカに合流したのであった。

移転前初出:2017年9月25日

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!
Site Statistics
  • Today's visitors: 1
  • Total visitors : 2,748