第十五話 巡る歯車

 助けられなかった。助けたかった。死んでほしくなかった。生きていて欲しかった………

「………う………ん………」

―…生きることで贖罪として欲しかった。でもそれは私の我が儘にしか過ぎない。
それが本人にとってはどれほどの苦痛であろうとも………。

聖域での乱を鎮め、女神沙織は傷付いた星矢達を日本にあるグラード財団直轄の病院の集中治療室に搬送し、手厚く治療を施していた。
そして不在にしていた間の財団の仕事を少しずつ再開している。

美鷺もそれにならい日本に帰国していた。

城戸邸、美鷺の寝室。
時刻は深夜。
「……う…………」
──…待って……待って………なにをしようとしているの……?…いかないで……おいていかないで……ソバニイテ
「サガ………ッ!!」
ガバッ!と勢いよく起き上がり美鷺はぜーひゅーと荒く息を吐く。
心臓はドクドクと脈打ち背筋を冷や汗が滴り落ちる。
「…ゆめ…」
美鷺は辺りを見回し自室であることを把握すると力なく寝台にドサリと倒れ込んだ。

サガの乱以降、日本に戻ってからというものの美鷺は連日のように女神神殿での彼の最期を夢に見ていた。何度も何度も同じ場面が繰り返される。
「…サガ…」
生きて欲しいという願いは単なる美鷺自身の我儘である。それは百も承知していた。
でも、何故こうも心が掻き乱されるのか美鷺は理解できないでいた。

 翌朝。
「……」
虚ろな顔で朝食の付け合わせのサラダをもしゃもしゃと咀嚼する美鷺を心配そうに見詰める視線が一つ。
「…お姉さま?」
城戸邸にある広いダイニングルームにて二人で朝食を摂っていた沙織は、
明らかに様子がおかしい美鷺を見やると声を掛けた。
「…うん?」
「…また、眠れなかったのですか?」
「……うん…」
十二宮から日本に戻って早一週間。
連日のように神殿での出来事が夢の中で繰り返され美鷺は満足に睡眠がとれていなかった。
沙織には、悪夢を見ているだけ、と伝えていたので何が原因なのか彼女には判別がつかなくて
美鷺を心配するのも無理もない事であった。
「…サガ…」
ふう、とため息を一つ吐き美鷺は手にしていたフォークを皿へと戻しぽそりと呟いた。
サガがいかがなさいまして?と沙織は美鷺に問いかける。
「……。夢でね…彼の最期が繰り返されて…
何かの暗示なのかしらね…」
ふう、と長嘆息を吐く。食事もあまり喉を通らず美鷺は自身の食器を下げさせた。
「…それは……」
それは、美鷺がサガの事を殊の外気にかけていた、という事に他ならないのでは?と沙織は思いつつもそのことは口に出さないでおいた。

自分も星矢の事を誰よりも気にかけている節がある。
だからこそ、何とはなしに察してしまう沙織であった。
この感情を何と言うのかは、姉である美鷺はまだ気付いていないのだろう。
人に対しそう言った感情が芽生えた美鷺を喜ばしく思い、反面、死を選んだ彼を思う姉を心配し。
「…困りましたわ…?
先程、ギリシアのソロ家から書簡で招待状を頂いたのですが…」
あまり深く美鷺の悩みに触れることなく沙織は話題を変えた。

「…招待状?」
「はい。ソロ家総帥となったジュリアン様の16歳の誕生祝に是非お越しくださいと…」
お姉さまの体調の事もありますし、どうしましょう?と沙織が悩んでいると
「…私の事なら心配要りませんわ?沙織が行くなら私もお供致します」
あまり妹を心配させないようにと努めて笑顔で応えた美鷺であった。

 それから数日後。
ソロ家でのパーティーを終え早々に日本に帰国してから悪天候が続き…。

世界各国で津波・激震・長雨が続きこのままでは地球全体が水に覆われてしまうのではないかと心配する者も出てきていた。
その最中、東京の城戸邸にポセイドンの勅使として人魚姫のテティスが現れ
此度の水害は彼等の神の成す業だと告げ沙織を連れ去ろうとし星矢に阻止される事となる。

十二宮での戦闘は星矢達に生身の人間には到底耐えられないほどのダメージを与えており
集中治療室に運び込まれてから1カ月ほど。彼等四人は昏睡状態に陥っていた。
そこへポセイドン側の刺客として海魔女のソレントが現れアルデバランを討つ。
異変を察した沙織と美鷺はすぐさまアルデバランの元へ駆けつけそのままソレントを従え
海底神殿へと乗り込んでいったのだった。

 沙織とジュリアンが話し込んでいる所に妙な気配を感じ美鷺は辺りを見回す。
すると、そこには一人の海闘士がいた。

その海闘士に会うのは初めての筈だが、その人物の持つ小宇宙が妙に懐かしく感じる美鷺は
どこで感じたのかと記憶を辿るもこれと言って思い当たらない。
誰かに似ている…。だがそれが誰かまでは何とも言えない。
「……何処かでお会いしたことありましたかしら?」
つい、美鷺はその懐かしい気配を持つ人物に話しかけていた。
「……?一体何を言っている」
マスクを被っているため表情は窺い知れないが、声音から察するに警戒されているようだ。
「……ですわよねえ…。貴方の小宇宙が懐かしく感じるなんて私も耄碌したのかしら」
ふう…と美鷺がため息を一つ漏らすと男はピクリと身じろいだ。
気のせいにしては妙に…と未だぶつぶつと独り言をこぼす美鷺に男は手を伸ばし
美鷺の顎に手をかけグイッと己の方に向かせた。
「…小娘。貴様名は何という」
「…美鷺。女神の守護者ですわ」
じろりと睨みを利かせたつもりでいた男は、臆する事もなく名を名乗った美鷺に目を細め
「ほお……?」
アテナと共に守護者まで乗り込んで来たかと愉快そうに笑んだ。
「残念だが、貴様と会った覚えは俺にはない。
それより良いのか?アテナはあの柱に入っていくぞ?」
クツクツと喉で笑いながら男は沙織とジュリアンの方を指さし。
「あらいけない、行かなくては」
そう言うと美鷺は男の手を振り解くと瞬時に沙織の元へと移動し柱…メイン・ブレドウィナに入っていった。

 ポセイドンが言う通り、メイン・ブレドウィナの中は小部屋となっており
そこに地上へ降り注ぐ雨水となる水が流れ落ち始めていた。
だがしかし、小部屋とはいえ天井は高い。水で埋め尽くされるまでにはそれなりの時間を要するであろう。それまでに聖闘士が沙織を救いに来るだろうと美鷺は感じていた。
それに何より、人間は余程の事がない限り水に浮くものだ。重しを付けられているわけでもない。
水に濡れ続けて低体温症になりかねないことが些か懸念があったがそれまでには柱から出られるだろう。
美鷺は沙織と共に小部屋の中で水に身を委ねることにしたのだった。

室内は特に結界など張られていないようで、美鷺は自由に振る舞う事が出来た。
意識を外に集中させて海界の様子を視る事が出来たのだ。美鷺は星矢たちの状況を知る事が出来
定期的に沙織に伝え彼女を励ますことに専念した。

 北大西洋の柱を守る海将軍と一輝が戦っているのを視ながら美鷺は、メイン・ブレドウィナに入る前に話しかけた人物であることに気付く。
「…本当に、この小宇宙誰かに似ている…覚えもあるし一体どこで…」
ぶつぶつと独り言を漏らし戦いの行末を見守る。
すると、男は正体を顕わにしさらには衝撃の過去を語り漸く美鷺は合点がいったのであった。
「…!あの時の小宇宙…」
スニオン岬で一度だけ感じた小宇宙の持ち主。そして、双子座サガの弟。小宇宙が似ていると感じるのも無理もない事か。
「双子座のカノン…」
スニオン岬の岩牢にポセイドンの三又の矛を封印してあったのは何の因果か。
カノンはそれを見つけて幽閉されていた牢を脱出し、ポセイドンを目覚めさせる事となったのであった。

全てを知った一輝はカノンとの決着はつけず柱だけを砕き、そのままポセイドン神殿目指して走り出す。
全てが仕組まれた聖戦と知った海魔女ソレントはアテナの大いなる愛を認め、カノンに制裁を下すことなく立ち去って行った。
「……来る」
美鷺は意識を体に戻し、沙織を見やる。
まだ内部の水は貯まりきってはいないが水嵩は大幅に増していた。
ポセイドンと星矢達の小宇宙が間近に感じられる。
女神救出は目前だろう。

その刹那。柱の一部が光ったように美鷺は感じた。そして…
「沙織さん!!」
射手座の黄金聖衣を纏った星矢が見えたかと思うとメイン・ブレドウィナに亀裂が走り砕け始め。
それを合図に海底神殿の崩壊も始まっていった。
奇しくもメイン・ブレドウィナから復活したアテナと共にアテナの壺も蘇り。
ポセイドンに壺の中に戻り再び眠るように女神は促すももはや問答は無用と彼は三又の矛を星矢と沙織に向けて投げ放った。
誰しもが避けきれない…!と思ったのも束の間。思いもかけぬ人物が立ちはだかったのだった。
「カノン…!」
「敵であるお前がどうして…」
沙織と星矢は口々に問いかける。それに対してカノンは『13年前の恩返し』と答え、自分が引き抜いてしまった三又の矛を胸に受けその場に崩れ落ちたのだった。

女神は壺の蓋を開けポセイドンの魂をアテナの壺に封じ込め、ジュリアンの肉体をポセイドンから開放する。崩れ行く神殿から守るようにマーメイドのテティスがジュリアンを地上に送り、また
星矢達もそれぞれ地上を目指していった。

──……。
地上へ戻る道すがら、美鷺は小宇宙を感じ取り海底を振り返る。
そこには未だ倒れているカノンの姿があった。

──…小宇宙が感じられるならまだ間に合うかもしれない。
美鷺は瞬時にカノンの元へ跳び、気を失って重い体を何とか抱き寄せると海面まで再び瞬間移動し岸へと向かって行った。

無事海岸沿いに辿り着き、火を起こせそうな場所を探す。
流木など手頃な漂着物を見つけ、大の大人が横になれる場所を確保しそこにカノンを寝かせ
少し離れた所にて魔力の炎を種火に美鷺は火を起こした。

暖を取る場所を作った後美鷺はカノンに向き直る。
彼の身を守っていた海龍の鱗衣は海底を出る際に自然と着脱され、元の場所…すなわちメイン・ブレドウィナの跡地に納まっていった。
三又の矛の直撃を受けて致命傷まで達していなかったのは、鱗衣の頑丈さのお蔭か。
美鷺は彼の傷口に手を添える。グチャリ…と生暖かい血液が手に当たる。
致命傷ではないとはいえ傷口はかなり深く、鮮血が未だ流れ出ていた。
手を当てた際に返り血が美鷺の服にも飛び跳ね、一瞬だけ故郷での凄惨な有様を思い出し頭を振るう。
それから全神経を患部に集中させてヒーリングを施し始めた。

 治療を始めてどれくらいの時間が経ったであろうか?
止血と同時に傷口も塞がり、カノンの表情を見やれば血液の喪失により青白くはあるが流血は止まったため治療を始める前よりかは幾分穏やかに見える。
美鷺は、間に合ったことに安堵しヒーリングで疲れた体を温めるために焚火の傍に座ると、疲れからかつい転寝を始めてしまったのだった。

「…う…ここは…」
美鷺が転寝を始めて暫くして、入れ違いのようにカノンは目を覚ました。
「っつ…」
胸が酷く痛みカノンは己の胸元を見やった。すると驚いたことに傷跡は残るものの傷口は塞がり出血もおさまっていた。
「…これは一体…?」
カノンは辺りを見回すと見覚えのある人物を見かけ、痛む体に鞭打ちながら歩み出し
焚火の傍らで眠りについている人物の隣に腰を据えた。
良く見ればその人物…美鷺の手は大量の血がこびり付いている。
服にも飛び散っているようだ。怪我でもしているのかと思えばどうやらそうではないらしい。
幾分疲れているのか顔は青白くはあるが傷口などは無いようだった。
まさかこの娘が自分の治療でも施したのか?だが一体どうやって?と疑問に思い眺めていると美鷺は視線を感じたのか目を開けた。
「……さが…?」
ピクリ。
カノンは良く知った名前を聞き、己の聞き間違いかと耳を疑った。
「…違う。サガは助けられなかったんだもの…。
でも、貴方は間に合ったようで良かった」
「…小娘、貴様一体…」
どういうつもりだ?とカノンは疲労困憊で若干朦朧としている美鷺に対し問いかけると
美鷺は段々と意識がはっきりとしてきたのか視線をカノンに合わせ
「カノンは間に合ったようで、本当に良かった…」
致命傷にならなかったのも鱗衣のお蔭かしらね、と美鷺は独り言ちた。
「……美鷺。何故俺を助けた」
カノンは心底分からないといった風情で美鷺を見詰めた。
「……。
罪滅ぼし…と言う名の私のエゴ…」
美鷺は目を伏せ自嘲した。
「?」
言葉の意味を測りかねてカノンは首を傾げる。
「…13年前、スニオン岬付近でサガに似た小宇宙を感じたのに岬下の牢には行けなかった。
その中に貴方が居たのを今回初めて知ったわ」
「……」
「そして…。十二宮で貴方の兄を助けられなかった。
…その…罪滅ぼし…。私の我儘……」
ただ、助けたかった。
そう美鷺は言葉を終えた。

「虫の良すぎる話ですわよね。守護者たるものが我儘でなんて…」
カノンが釈然としないのも無理はありませんわ?と美鷺は悲しげに視線を逸らす。

「さて。カノンが無事目覚めたのを確認できましたし、
私は聖域に戻りますわ」
カノン、貴方はこれから自由に生きて欲しい…これも私のエゴでしかありません。
美鷺はカノンに背を向けるとそう告げた。
「聖域に…?一体何故」
しおらしくなったと思えば急に、鬼気迫る気配を感じたかのような風体の美鷺を疑問に思いカノンは問いかける。
「…今アテナは聖域に居る。十二宮の戦いで多くの聖闘士が亡くなった。
そこにアレが忍び寄っている…」
急がなくては…。そう言い置いて美鷺は空に舞ったかと思えば聖域の方角めがけて飛翔していった。

移転前初出:2017年9月15日

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!
Site Statistics
  • Today's visitors: 1
  • Total visitors : 2,746