女神沙織の胸に突き立てられた黄金の矢。
聖域広しと言えどもコレを抜けるのは教皇だけ。
それを聞き星矢たちは必死に十二宮を駆けあがり死闘を繰り広げる。
時間の猶予は刻一刻と過ぎていく。
美鷺はと言えば、ここ、白羊宮前にある広場で、自身にかけられた術の浄化のためその場を動くことが出来ない。
手出し無用とはいえ、手助けが何もできないのは歯痒いものだと美鷺は深く溜息を吐くと球体の中で己の浄化に再び意識を集中させるのであった。
どの位の時間、そうしていたのだろうか。
「……ミサギ…」
浄化に身を委ね微睡みかけていると自分を呼ぶ声が微かに聞こえた気がして美鷺は目を開けた。
「私を呼ぶのはだれ…」
んう…と一つ呻き呼びかけに美鷺は答える。と、辺りを見渡すと漆黒の闇に覆われていた。
周りにいたはずの辰巳も見当たらない。
天も地もない。あるのは闇だけである。
これは、また無意識に身を動かしていたか?と美鷺は己の手を眺める。
すると、やはり手は透けていて。自身を振り返ると全体的に透けている。
「ミサギ…?」
いつの間にか、美鷺の目前には教皇服を身に纏った人物が立っていた。
ただ、いつもの教皇とは違う所があった。
いつもマスクを被っていた教皇が、それを付けていないのである。
愁いをたたえた眼差しでその人物…青年は美鷺に跪く格好で腰を下ろした。
「一体何故ここに?」
青年は不思議そうに美鷺の顔を見詰めた。
「…何故…。浄化に身を委ねていたら呼び声が聞こえて、気付いたらここに出ていましたわ?」
実体では無いですけれどもね?と小首を傾げつつ美鷺は青年の問いに答えた。
「私を呼んだのは貴方ですわよね?」
普段会っていた時の服装ではなく、法衣を纏っている青年に優しく問いかけると青年は目線を逸らした。
「会ってお話がしたかったですわ?
所で、お名前、教えてもらっても宜しいですわよね?」
にこりと笑むと美鷺は青年の顔に手を添え視線が合うように向き直る。
「………サガ。
13年前に、貴女とは一度会っております」
名を告げられた美鷺は「よくできました」と言うように彼の頭を優しく撫で
「ええ、覚えておりますわ?
スニオン岬の近くで出会って、聖域まで連れて行ってくれた貴方の事」
13年前も逞しかったですけれども、すっかり美丈夫になられたのですね?と美鷺は微笑んだ。
「やはり覚えていらしたのですね…。
……女神も貴女も美しく成長なされました」
対してサガは消え入りそうなほどの小さな声で答えると目を伏せた。
「ええ、覚えているのを悟られないように振る舞っていた事、ごめんなさいね?」
「いえ…。こちらこそ、今まで名を明かせず…」
では、お互いさま、と言う事ですわね?と美鷺がおどけて見せるとサガは微かに笑んだ。
やっといつもの笑顔が見れたことに安堵した美鷺は辺りを見回すと本題に入ることにしたのだった。
「ここは一体…?見たところ亜空間の様ですけれども」
「私も気付いたらここに出ていたので見当がつかず…」
「そう…ですの…」
──サガの見ている夢に潜り込んだのではないかと思ったりもしましたけど違うようね
美鷺はそう思案しつつ、当り障りなくやんわりと彼を労った。
「……話、とは…?」
「……教皇服を着ているという事は、サガが今まで…?」
教皇だったの?と単刀直入に問うと静かに彼は頷いた。
「でも、私と直に会話していたのは貴方ではないわよね?
髪の色が違っていたわ?」
「それは…。
………あれも、私の一部です」
眉根を寄せ、苦しげにサガは答える。
あれは自分の忌まわしい部分なのだと。
その様は悲しみに暮れるようで、悲愴なもので。
美鷺はつい、そっとサガを抱きしめていた。
苦しむことは無い、と、その背を優しく撫でる。
人は誰しも、神々でさえ己の忌まわしい所を持っている、と。
「貴方は夢の中で苦しむ私を助けてくれた。
私が一番忌まわしい記憶としている姿を見ても構わず傍に居てくれた。
私はそれにとても助けられていたわ…?ありがとう、サガ…」
血塗れな私を見て、私の闇を見て人は皆離れてしまうもの…。
だれも、私の闇を見て耐えられるものはいないと思っていた。今までは…。
「……それは…。
それは私も同じです。私の苦しみを感じ取ってくれたのは貴女だけだ…」
ありがとう…。
サガは落ち着きを取り戻すと礼を述べ、やんわりと美鷺を抱きしめ返した。
「…サガ。貴方が忌む部分が肉体を支配しているときに
私は会話していた、という認識で良いのから?」
「…はい」
「いつか感じ取った、正義のために尽くしたい…
この気持ちに、今も偽りは無くて?」
「…もちろんです」
許されるものならば、この命に代えても…
とサガは跪き美鷺の手の甲に口付けを一つ落とした。
「……。今からでも遅くはありませんわ?
出来得る限りの手段を講じて女神と星矢達青銅聖闘士を手助けしましょう?
宜しくて?」
「…はい」
彼の返事を聞くと美鷺は満足そうに笑み。
「ありがとう、サガ…」
私は動けない身、宜しく頼みましたよ?
サガの手を握り見つめ返す。
すると、美鷺の姿が一層透け始めたのだった。
実体の元へ戻る時間のようだ。
名残惜しそうにサガを見やると、不意に不安がよぎった。
忌まわしいもの…黒い影…死期が近いものに視えるアレ…。
それがサガに視えてしまったのだ。
「……サ」
サガ?!
お互いの姿が消えゆく中、手を伸ばそうとしてはっと意識が蘇る。
目を開ければそこは白羊宮傍にある広場。自身は浄化中の結界の中に居た。
辺りを見やると辰巳のほかに邪武等、残りの青銅聖闘士達が伏せる沙織の周りに控えており。
火時計を見上げれば、辛うじて双魚宮の灯がともっているのみであった。
──…浄化開始から11時間は過ぎたのか
浄化結界の色も漆黒からほぼ透明に近くなっていた。
あと少しで浄化完了だろう。
美鷺がそう思っていた矢先、聖域全土に声が響き渡った。
それは教皇の姿を借りていた人物の正体を明かす、サガの強大な小宇宙が意志として全聖域に伝わったものだった。
サガは己の勝利を確信したのか、教皇暗殺から始まる事の顛末を語りはじめ。
暫くして教皇の間から轟音が聞こえたかと思うと天高く彗星のごときオーラが立ち上ったのが見えた。
火時計の灯も残り僅か。
誰もが星矢に一縷の望みをかけていたその時。
女神神殿の方角から黄金の光がここ白羊宮前の広場にある黄金の杖めがけて放たれ…
沙織の胸に深く突き刺さっていた黄金の矢が跡形もなく消え失せるとともに。
美鷺には神殿の方角から忌まわしき部分とされていた者の断末魔が聞こえていた。
そこから間髪を入れずに、美鷺の浄化もあと一歩、と言う所で黒い気配が結界の中に現れる。
黄金の光を浴びてサガの肉体を支配していたもう一人のサガの思念であった。
「おのれ…おのれ…!!あと一歩と言う所で…!」
「…サガ!」
「…フン、小娘め…貴様も既に浄化しきっているとはな」
甘く見ておったわ…
忌々しげにサガは呟く。それに対して美鷺は「詰めが甘くてよ?」と腰に手を当て答えた。
「…何をしにいらしたの?」
美鷺は自身の腰に手を当てたままサガに問うた。すでにサガの姿は消えかけており。
「……フン、貴様が知る必要もない」
そう言うとサガは自嘲気味に微かに笑むと消えていったのであった。
「………サガ…」
一瞬垣間見えた表情がとても印象的で、美鷺は虚空を暫し見詰めている事しか出来なかったのだった。
黄金の矢が消えたことによりアテナ沙織は見事復活を遂げ、
また、広場に集結した黄金聖闘士並びに雑兵の面々は女神に再度忠誠を誓った。
それから少しして、沙織が女神神殿に向けて走り出したのを見て美鷺も彼女の後を追う。
神殿の方角で胸騒ぎがしたからだ。
その胸騒ぎの要因ははっきりとはしない。
だが、美鷺にとって妙に不安になる気配だったのだ。
浄化で力を使っていたためか、神殿間近で空を駆けるのもままならくなり美鷺は徒歩に切り替える。
漸く沙織に追いついたところで美鷺が目にしたものは。
ああ、なんという事だろう。
『命に代えても』とはこのことだったのだろうか?
いや、それよりなにより。
黒い影が視えたのはこの事だったのだろうか。
アレが視えたときに忠告すればよかったのだろうか?
だがもうそれは結果論にしかならない。
私は…私は…私はまた、救いたかったものを失うのだ。
美鷺はそれを痛感したところで涙が零れているのに気付いた。
救うなどとおこがましい、単なる自分自身の我儘、エゴであるにすぎない。
そうであっても、救いたかった。失いたくなかった。
己の闇を見ても傍に居てくれた存在だったから。
同じように闇を抱える人だったから。
気が狂いそうになった時に支えてくれたから。
ただただ、助けたかった。
だが、それは叶わなくなってしまった。
「……サガ…」
ぽそりと美鷺はただ呟くことしかできなかった。
──…助けたいものも助けられない、私の存在意義とは何なのか…
自分の無力さを痛感し美鷺は自分の存在意義に疑問を抱く。
聖域十二宮での聖戦は、サガの自死により幕を閉じたのであった。
移転前初出:2017年9月8日
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