第十二話 交錯する思惑

 朝日も昇り、いつものように教皇が美鷺の私室に迎えに来る。
美鷺が聖域に連れて来られて早数日。

教皇が彼女を迎えにくるのは、昔からそうであったというように何の違和感もなく。
極めて自然な所作であった。

二人連れ立って朝食を済ます。
その後、各々執務をこなしたり、神殿にて占術を執り行ったり時間を過ごす。

極めて平々凡々な日常が繰り返された。

 夜間になれば、夢で謎の青年と些細な日常の会話を交わし。
美鷺の心身は彼との談笑によって癒され、悪夢に魘される事もなくなっていった。

美鷺自身、夢に苛まれる回数も減り心が穏やかになっていく事に驚きを隠せない。
何故こうもこの青年に心を預けていられるのか。

彼は『苛まれている姿を見るのが我が身の事のように思った』と言っていた。
青年には自分と何か似たような境遇でもあるのだろうか?
だから、こちらも親近感が湧いた…とでもいうのだろうか。

自分で自分が良く分からなく感じる美鷺であった。

 何度目かの朝を迎えたある日。

朝食を済ませ一息ついたところで、教皇宮仕えの給仕の声が戸外で響いた。

「申し訳ありません、ただいま教皇様は朝食をとられたばかり。
今しばらくお待ちいただけないでしょうか?」
「なんでだよ、勅命完了の報告だけだぜ?
いつもなら通れただろうが」
「で、ですが…」
なにやら揉めているようだ。
急ぎの用だったのか、朝早くに来るとは余程執務熱心な人物なのだろう。

──それにしても、何処かで聞いたことのある…

「もしかして来客でもあるのかい?」
戸外で別の声が響いた。

──……そう、どこかで…

「入るぞ」
「ああ、困りますデスマスク様」
「あまり事を急ぐなデスマスク、お叱りを受けてもしらないよ?」
「っるせえ、ごちゃごちゃ俺に指図するな」
「全く、しょうがないな君は…」
「そう言うアフロディーテも入ってんじゃねーか」
廊下で『お叱りを受ける…』と給仕の声が見る見るうちにトーンが下がるのを尻目に
二人は扉を無情にもパタリと閉め。

カツカツと足音を響かせて教皇の見える範囲まで歩みを寄せていた。
「邪魔するぞ。
この前の勅命の報告なんだが、滞りな……」
「ほら…言わんことでは無い。来客中じゃないか」
デスマスクの背後で溜息を一つ漏らしアフロディーテは客人に目を向ける。

──…まさかここで鉢合わせるなんて。

美鷺は内心少し気まずさを感じた。
ここ教皇宮は十二宮でも神殿に次ぐ標高の所にある。
教皇宮まで辿り着くには12の宮を己の足で通らなければならない。

それ故、ここまで登ってくる聖闘士の階級も自ずと把握する事が出来る。
給仕があれだけ謙っていたのも鑑みると恐らくは黄金聖闘士。

即ち、以前薔薇園で出会った二人は黄金聖闘士だったという事になる。

──これはまずい事になった。

大方敵だろうと美鷺は予測していたが、黄金だとは少々誤算だった。
そして、教皇宮に断りもなく入ってくるのを見ると教皇の側近に近い立場なのではないだろうか。

 だが、今回は以前と違い服は私服でなく美鷺はキトンを纏いヒマティオンも付けている。
髪もアップにしているので多少の見た目は変わっている。
ここはひとつ先手を打って芝居を打つか…と美鷺はタイミングを見計らい。

「あら…。初めまして、ですわよね?
美鷺と申します。教皇、こちらのお二方は…?」
紹介してくださる?とにこやかに笑み美鷺は先方の出方を待つことにした。

「……。給仕が待てと言っていたと思うのだが…。
こうして入室してしまった以上仕方があるまい…」
教皇は溜息を一つ漏らし突然の訪問者二名を諌める。
それを軽く肩でいなし『それは失礼いたしました教皇サマ』と悪びれもなく
言ってのける銀の髪を持つ男。その面持ちは口元が幾分にやけているようにも見える。

「…ミサギ、この者は蟹座の守護を持つもの。
蟹座のデスマスクと申します」
教皇はデスマスクの態度に更に溜息を一つ吐いた後、彼女に執り成しをする。
デスマスクは教皇に気付かれぬよう素早く目配せをすると、何か考えのある素振りで口を開いた。
「…よう、初めまして、だな。
大方アンタが女神の守護者ってクチかい?」
「……ええ、そうよ。
守護者呼びは慣れてないので名前で呼んで頂けると助かりますわ?」
事も無げに美鷺はデスマスクの問いに答える。
その顔には八面玲瓏な笑みを浮かべていた。
「ミサギ、こちらが魚座の守護を持つ者
魚座のアフロディーテと申します」
教皇は更に、デスマスクの隣にいた人物を紹介する。
「初めまして、ミサギ。
教皇から話は聞いているよ。守護者殿とお会いできるとは光栄の至り。
これから宜しく」
アフロディーテは嫋やかな笑みを浮かべると頭を垂れた。

「ええ、こちらこそご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致しますわ?」
美鷺はアフロディーテと同じく頭を垂れ、
「……私は席を外しておきましょうか?」
教皇に問いかける。それに対し彼は全く反応しない。
こちらの動きを探るつもりなのだろうか。
美鷺は彼の出方を待つことにした。
このままこの場で勅命とやらを知る事が出来れば、
聖域が現在置かれているの詳細な状況が分かるかもしれない、そう考えての事だった。

「…教皇?」
「ミサギがいてもいいんならこのまま報告しますがね?」
返答がないまましばし時間が過ぎた後、どうしたものかとアフロディーテと
デスマスクは交互に、自らの上司に伺いを立てた。

「……ああ。
ミサギの手を煩わせる事は無い。
私室に……」
教皇が重い口を開きそう言うと、美鷺は得心したと言わんばかりに3人に笑顔を向け
教皇の間を後にした。

 部屋を出ながら美鷺は、注意深く耳を澄ましてみたが分厚い戸に阻まれているのか、
彼等の声は聞こえなかった。
──…うーん…残念。聞こえないか。ここは大人しく私室か神殿に引き上げるとしますか。
教皇の間から少し離れた先で気配を絶ち話し声を頼りに状況を探ろうと考えていたが
そううまくいくはずもなく。
美鷺は一旦私室に戻り髪を下ろしなおすと神殿へと向かって行った。

今日は散策には出ない方が良い。そう直感した為神殿へと来てみたものの。
美鷺は時間を持て余していた。
「……拝謁日ではないから、出来るだけ調べたかったのだけど…」
はあ…と深くため息を吐くと空を見上げる。
天気も良く、抜けるような青さの空を眺め、気に病んでも仕方がないと暫し日光浴を楽しんだ。

 どの位の時間、そうしていただろうか。
日差しの温かさに気が緩み、微睡みかけていた美鷺だったが、神殿に響く金属音に意識を現実に引き戻されたのだった。
カシャン…カシャン…カツコツと響くそれは、黄金聖衣の靴の音であった。
その音の主は今朝方遭遇したあの二人で。

「……ええと…デスマスク…とアフロディーテ、でしたかしら?
なにか…?」
美鷺は極力落ち着いた素振りで二人を迎える。
「別に用って事でもねえんだけどよ。
アンタに聞いておきたいことがあってな」
「……あら。それは何かしら?」
先程の面会時に気になる仕草をしたデスマスクの問いに美鷺はにっこりと笑んでみせた。
「教皇は本日はロドリオ村へ慰安に赴くそうだよ。
ああ、そう気を負わなくていい。私達にそう畏まらなくてもいいよ?」
アフロディーテはそう言うと美鷺に座るように促し、また自身も彼女の隣に腰掛けた。

「あのよお……」
「はい?」
「………」
「…………」
デスマスクは何を問うつもりなのか、と美鷺はじっと彼を見詰め。
だがしかし一向に次の言葉が発せられない。
…こちらの様子を伺っているのだろうか、十中八九探りを入れに来たのだろうがそうは問屋が卸さないとばかりに美鷺は平静を装っていた。

「っだーーー、やめだやめだ。下手な小細工は碌な事にならねえからな。
単刀直入に言うぜ」
デスマスクは分が悪そうに頭をガシガシと掻くと美鷺に向き直り
「アンタ、薔薇園に居たよな?」
「……それで?」
「なんであんな所に居たのか気になってな」
その言葉に続く形でアフロディーテも問いかけた。
「あの薔薇園は無害な薔薇ばかりだから良いが、他の薔薇は毒があるからね…」
「…古代では宮殿の防衛用に周りに植えているというモノの事でしょうか?」
「そう。ここ聖域にもあるから、いくら守護者の君でも
耐毒は無いだろうし、知らせておこうと思ってね」
「で、なんであそこに居たんだよ」
デスマスクは一向に引き下がらないようだった。
「……」
美鷺は一つ嘆息を漏らすと彼の問いにようやく答えたのだった。
「…教皇に探るようにとでも言われたのかしら?」
「なっ、…そんなんじゃねえよ」
「…冗談よ。悪く思わないで下さる?」
「てめっ…」
逐一反応するデスマスクに少々面白くなった美鷺は声を溢しながら笑み

「13年振りに聖域に来たもののうっかり道を忘れて。散歩していたら
辿り着いただけの事で他意は無いですわ?」
「…ほんとかよ」
怪しいもんだな、とデスマスクは先のからかいもあってかジト目で美鷺を見やった。
「では、なんて言って欲しかったのかしら?
偵察でもしていた、とかかしら…?」
クスクスと笑いながらも『冗談が過ぎましたわね、ごめんなさいね』と目を閉じた。
「…ったく、何考えてんだか分かんねー女だな」
おーこわ、とデスマスクは頭を掻いてそっぽを向いた。
その言葉に対し美鷺は「褒め言葉として受け取っておくわね」とだけ返したのだった。

 そのようなやり取りを経て。

「ところで、美鷺は教皇の事をどう思っている?」
アフロディーテは唐突に意味深な問いを投げかけたのだった。
「……どう…とは?」
貴方も探りでも入れに?…ごめんなさい悪かったわ。と美鷺は謝りつつも
アフロディーテの真意を測りかねて彼の顔を見やる。
「深い意味は無いんだ。率直に思った事を聞いてみたいと思ってね」
そう言いながら彼は答えを促すように穏やかに笑んだ。
「勿論、今日の事は教皇には伝えるつもりはないから安心してほしい。
それと、私たちがここに来ることは教皇から許可を得てあるのでその点も気遣い無用だよ」
「…………」
──…一体何を考えているのかしら…
美鷺は、目の前の人物の笑顔に隠された意味を測る事が出来ないながらも答えるにほかならないと
悟り、答えを口にした。
「そうね…13年女神が聖域から不在という事態にあっても
大きな混乱なくシステム…というか秩序を保っていた手腕は
目を見張るものがあると思いますわ?」
流石は教皇たる地位に居るだけあるわね。と美鷺は、教皇の正体について考えている事は伏せた状態で褒めるだけにとどめた。
「逆に、私も貴方達に聞いてみたいですわね。
貴方達が教皇をどう見ているか興味があります」
「…それについてはまた次回来た時に答える、でも良いかな?」
そろそろ、任務に赴く時間が近付いてきたものでね?とアフロディーテは苦笑を漏らした。
「まあ、二人とも任務があるのなら仕方がないですわね。
気を付けて……」
行ってらっしゃい、と言おうとした瞬間、美鷺の脳裏に何かが過り。額に手を当て暫く動きが止まったのだった。
「…あ?ミサギ?」
おい、どうした?とデスマスクは急に無言になった美鷺を不審に思い振り返る。
その彼の姿に何か黒い影が見えたような気がした美鷺だった。が、それも数秒の事で。
いつの間にかその面影は無く。
「え、あ、いいえ。何でもありませんわ?
お二人とも気を付けて行ってらっしゃいな?」
再び笑みを浮かべて美鷺は彼等をあっさりと解放したのだった。

移転前初出:2017年4月21日

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