逃がさない、離さない。

 はて、どうしてこのような状況になったのか。
美鷺は今自分が置かれている状態に陥った原因は何だったかと思い返す。

美鷺は現在双児宮の居住スペース、リビングの壁に追いやられている。
トン、と片手で行く手を阻まれる。それに合わせて美鷺は反対側から身をかわそうと試みたがそれもあえなく行く手を阻まれた。
身体の両側をサガの手で行く手を遮られ美鷺は立ち尽くすしかない。

 今日はサガの執務が休みと言う状況であったため、美鷺は双児宮まで下りサガの元を訪れたのであったが彼女を出迎えたのは髪が漆黒に染まったサガであった。
日頃の激務でサガが疲れていることを察した美鷺は日を改めようかと部屋を後にしようとしたところでサガに引き込まれ扉を閉められた。
「…サガ?」
疲れているのなら日を改めますから帰りますよ?と美鷺は申し入れるもサガは美鷺の手を引きリビングへと招く。
「構わぬ」
珍しい事にサガは美鷺をリビングに招き入れたと思えば備え付けのソファーに座らせたのだった。
サガは徐に立ち上がるとキッチンへ向かう。
「サガ?お茶でしたら私が用意いたしますわよ?」
美鷺は慌ててサガの後を追うと、サガは美鷺を一瞥し無言で茶葉を手渡し自分はリビングに戻っていく。
本当に珍しい事もあるものだ、と美鷺は首を傾げた。
あの状態のサガが自分をもてなそうとしたのだ。
双児宮のキッチンで手際よく美鷺は紅茶を淹れるとリビングに向かいサガにカップを手渡す。
サガは無言でそれを受け取った。
二人向かい合いながら紅茶を飲む。しばしゆったりとした時間が流れた。
時計の針がチクタクと時を刻んでいる音が静寂の中響き渡る。
窓からは温かな陽の光が差し込み室内を照らし出す。
美鷺は視線を外にやると空は青々と澄んでいた。
ふと、美鷺は視線を室内へと戻す。
陽の光に当たりながら紅茶を飲むサガの姿は何処か神々しく。
美鷺は思わず目を細めた。
「…なんだ」
サガは美鷺が目を細めたのを見ると怪訝そうに見やる。
対して、美鷺は何でもありませんわと返した。
「ただ…」
「?」
「こうして面と向かってお茶をするのは、
貴方と食事を共にしていた時以来だなと思っただけですわ?」
そう言い終えると美鷺はかつての食事風景を思い返し懐かしそうに目を伏せた。
「…そうか」
美鷺の言葉が予想外であったのかサガは暫くしてからそう答えたのだった。
「ええ」
それからしばらくの間再び沈黙が訪れた。
再度お茶を淹れ二人で黙々と香り豊かな紅茶を楽しむ。
二杯目の紅茶を飲み干してからそこでふと美鷺は思い出した。
二人目のサガが表に出ているという事は、普段の彼は今相当疲れて深く眠っているに違いない。
美鷺はすくっと立ち上がると
「執務で疲れているでしょうしあまり長居しても申し訳ありませんわね」
カップを片付けてから帰りますわとテーブルの上に置かれたそれを取ろうとしたところで
サガも立ち上がったのだ。

 そしていつの間にか壁際に追いやられている現在へと至る。

美鷺にはなぜこうなったかの原因が全くもって分からなかった。
サガは未だに美鷺を壁際に拘束している。
美鷺が途方に暮れているとククッとサガは笑み、美鷺の顎をクイッと利き手で上を向かせた。
「…小娘。怖いのか?」
サガはどことなく楽しげに美鷺を見詰める。それに対し美鷺は少しムッとしつつ
「怖くなどありませんわ?それに私は小娘ではありません」
ちゃんと名で呼んでくださる?と抗議した。
「ふん。では美鷺。何故早々に帰ろうとする」
サガは美鷺の顎に手を掛けたままそう問いかけた。
二人の顔の距離が徐々に縮んでいく。
コツン、と額と額が重なったところで美鷺は答えた。
「何故って。サガが疲れているなら休んでもらっていた方が良いだろうと思って」
「ふん。あやつは深く眠っている故そうであろうな」
「でしょう?」
サガの回答に美鷺は表情を明るくした。
「だが…生憎と私は疲れておらぬ」
ん?どうした、小娘。と楽しげにサガは美鷺の目を覗き込んだ。
「なん…」
サガの言葉に絶句した美鷺は二の句が告げないでいると、サガは美鷺に軽く口付けを落とす。
突然の出来事に美鷺は硬直してしまった。
美鷺がプチパニックを起こしているのに気を良くしたサガはククッと笑みを深くし
「暫く私と共に過ごせ」
そう言うと美鷺への拘束を解き再びソファーへと座らせたのだった。

 逃がすつもりなど、招き入れた時点で更々無い。
離すつもりも無い。
今日はただ共に在れればそれで良い。

教皇として過ごしてきた時の中で、食を共にした何気ない日々。
時折寂しげに見えていた美鷺をからかうかのように翻弄していた日々。
聖戦前に過ごした何気ない日常はサガも忘れ難くいつしか特別な記憶になっていたのだった。

その特別な記憶に変化していたことに気付いたのはいつだったか。
最期に美鷺の目の前に現れた時か、はたまた、再び蘇ったときか。
サガにも見当がつかない。だが、今抱いている思いは事実。

逃がさない、離さない。

移転前初出:2018年2月5日

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