聖戦も終わりを告げ、各界それぞれの領分で復興再建の日々を送っている。
聖域もそれは例外でなく。
忙しい日常の中にも穏やかな時間は流れるもので。
「皆さん、少し休憩にいたしましょう?」
女神沙織の一声で、聖域復興に尽力していた聖闘士たちも休憩をとることにしたのだった。
ここは教皇の間傍にある執務室。
宮の損壊状態が酷いものは各々の宮にて修繕作業に勤しんでおり、比較的被害の少なかった宮の守護者はここ執務室にてデスクワークに勤しんでいた。
無論、アテナ沙織も執務室にて被害状況の把握に努めている。
「休憩…ああ、そろそろシエスタの時間でしたわね?」
書類整理に追われていた美鷺は、山積みになった書類に埋れながらちらりと時計を見やった。
ギリシアではシエスタの習慣がある。
聖域ももれなくシエスタの習慣があったのだ。
「左様。適度な休息も取らねばならないからな」
教皇服に身を包んだシオンは長時間のデスクワークにやれやれといった感じで肩を回す。
「久々の執務で肩が凝るわい…」
そう言ってシオンは席を立ち隣室のソファに横になりに執務室を後にした。
「お疲れ様」
美鷺はその様がおかしくて、クスクスと笑みを溢しながら彼を見送る。
他の聖闘士たちも各自思い思いにシエスタをとるために部屋を後にしていった。
「…さて」
少しでも書類の束を消化しようと美鷺は執務室に残り己の机上にある紙束に手を付けた。
と、そこに響き渡るは書類の上を滑らかに走るペンの音。
カリカリカリカリ…サラサラサラ…とリズミカルに聞こえるそれは何処から発生しているのか。
美鷺は不思議に思い顔を上げ辺りを見廻した。
「?」
見れば自分以外にも執務室に残っている者が居る。
ペンの音を頼りにそちらを見やるとサガが書類とにらめっこをしつつ黙々と執務をこなしていた。
「…サガ?」
シエスタは取らないの?と美鷺は不思議に思い彼のデスクまで足を進めていった。
「…ミサギ?」
貴女こそ休息をとらなくて大丈夫なのか?とサガは不思議そうに彼女を見上げる。
「私は…日本ではシエスタの習慣がないから。
少しでも仕事を進めようと思って」
でも、サガはシエスタの習慣があるでしょう?
美鷺は腕に書類を携えたままサガの隣まで歩みを進めた。
「…そうか。
私は…休んでいる場合ではないからな」
「何故?」
美鷺は小首を傾げながらサガの言葉を待った。
「…私は罪を犯したのだ。
赦されて蘇ったとはいえその過去は消えない。
なればこそ、人一倍職務に励まなければ申し訳が立たない」
サガは自嘲気味にそう語ると大丈夫だと笑みを見せた。
「そんな…」
何もアテナはそこまで望んではいないとは思うけども…と美鷺はそう思いつつも口には出さないでおいた。しかし、どんなに丈夫な人であれ元々取っていた習慣を取りやめ休息を取らないのはそのうち疲労がたまってしまう、美鷺にはそう思えた。
二人の間にしばし沈黙が走る。
サガは再び紙面にペン先を走らせ書類にサインを記入し決済の判子を押す。
美鷺はその仕草をしばらく眺めた後、手に持っていた書類の束をそれぞれの綴り先にファイリングをしていく。
机上にはまだ束が残っているが、手持ちの書類をさばき終えた頃。
時計を見やればシエスタの時刻から半時経っていた。
ちらり、とサガを見ると未だ書類と向き合っているようであった。
良く見ると眉間にしわを寄せている。少し疲れてきているように見受けられた。
「……」
疲労がたまると効率にも良くないわよね。
美鷺はそう考え再びサガの元へと歩みを寄せた。
「サガ?」
「…うん?」
只管ペンを走らせ決済の判子を押すサガは美鷺の呼びかけに顔を紙面から上げる。
表情を見るとやはりあまり顔色が良くなかった。
「一緒に休憩しましょう?」
「しかし…」
「ね?お願い」
今お茶を入れるから。
美鷺は執務室にあるティーポットに茶葉を入れ、備え付けのポットから湯を注ぎ
二人分のカップにそれぞれ紅茶を淹れ、書類を汚さないようにとソファまでサガを手招きし、
片方のカップをサガに手渡した。
「…すまない、ミサギ」
「気にしないで?」
これは私がしたくてしていることだから。
美鷺はそう告げると紅茶に口を付ける。サガもそれに倣い紅茶を口にした。
暫し緩やかな時間が流れる。
紅茶の良い香りが鼻をくすぐる。味も申し分ない。
穏やかな日の光が窓辺から執務室に差し込んでくる。
紅茶を一杯飲み干した頃に、二人は心地よい眠気に誘われていた。
「…サガ?」
「…うん?」
「少しだけ、仮眠しませんか?」
テーブルにカップを置き美鷺はサガを見詰める。
温かい日差しに誘われて美鷺が眠そうにしているのを察したサガは微笑み。
「…ああ」
そう返事を返すとサガは美鷺の手を優しく握り、彼女の頭を自身の肩に寄りかからせた。
お互いが軽く凭れ掛かる様な姿勢をとると目を瞑る。
暫くして規則正しい寝息が聞こえ始めサガは一度目を開け美鷺の寝顔を眺めた。
このような安息の時間が許されるなど思ってもみなかった。
サガは美鷺の寝顔を見詰めながら物思いに耽る。
十二宮の乱では、自分が自分として美鷺と対面できていたのは深夜、彼女が実態でない状態で会っていた時のみ。それ以外の時はもう一人の自分が大半を占めていた。
限られた時間ではあったが深夜の談笑はそれはそれでとても有意義な時間であった。
だが今はこうしてお互いにそばに在れる。
こうして手を握り締め彼女の存在を確かめられる。
美鷺の重みを、その温もりを感じ取る事が出来る。
彼女の闇を間近に見、彼女を支えたいと思っていた。
再びこの世に生を受け、美鷺の傍に在れることにサガは喜びを感じていた。
聖戦では悲しい思いを沢山させただろう。だのにそれを一つも口に出さない彼女。
今では己の体調の心配までしてくれている。
「…心配をかけてばかりいるな、私は…」
サガは一つ苦笑を漏らすと、そのまま美鷺に寄り添い再び目を閉じた。
移転前初出:2017年10月1日
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