安息の日 緩やかに時は流れて

 私は今なぜこんな事になっているのだろう?

美鷺は記憶を手繰り寄せながら現状どうして良いか分からず途方に暮れていた。

遡ること数時間前。
この日はサガが数日掛かりの徹夜での執務が一段落つき、久々の休日という事で執務室傍にある中庭にて日光浴を兼ねて二人で読書を楽しんでいた。

双児宮の私室で休んではどうかと美鷺は提案したが、重要案件が出来呼ばれることもあるだろうという事で中庭が良いとサガは大真面目に答え。その希望を飲んでこの場所で二人過ごしていたのだが。

生真面目というかストイックと言うか仕事熱心というか。
美鷺は、根を詰めて働くのも良いけれどもたまの休日くらいはゆっくり体を休めさせてあげたいと思っていた。こうして二人の時間が取れる事はとても嬉しいのではあるが。
本人の意見を尊重し、中庭にある木の根元にお互い隣り合って座り木漏れ日の中で読書をしている。

ちらり、と美鷺は目線をサガの方へと飛ばす。
サガは熱心にギリシャ語で書かれた書物を黙読していた。
その眼差しは伏し目がちで。
その姿はとても神々しく。うっかり美鷺はサガの姿に見惚れてしまっていた。
「…?」
視線に気付いたのかサガは読み止しのページから目線を上げる。
「…どうした?」
じっと自分を見詰めている美鷺の目線とサガの視線がかち合った。
「な、何でもありませんわ?」
美鷺は慌ててサガから視線を逸らし自分の持っている本に集中しようと試みた。
うっかり見詰めていた自分が恥ずかしい。そう意識してしまって美鷺は書物を見ながらみるみる間に顔が赤くなっていく。
耳まで真っ赤になっていく気がしてサガにそれを気付かれていないかと内心ヒヤヒヤしていた。
「…そうか?」
サガは首を傾げると再び本へと視線を落とした。
暫し静かな時間が二人の間に流れた。
美鷺は心中を気付かれなかったことにほっと息を漏らす。そして本越しに再びサガをちらりと眺めた。
暖かな日差しに誘われてなのだろうか、サガは目を閉じているように美鷺は見えた。
「……サガ?」
本を読むふりをするのをやめ、美鷺は栞を挟み傍らにそれを置く。
問いかけるも彼の返事は無く。
「…眠っているのかしら…」
おずおずと彼の顔を覗き込む。長く綺麗な睫毛に見惚れ美鷺は息をのんだ。
木漏れ日の下で見る、美しく整った顔立ちのサガの寝顔はとても綺麗で。
差し込む日差しが彼の髪を照らせばキラキラと輝き美鷺は思わず目を細めた。

次の瞬間。
可笑しそうにクツクツと喉で笑うような気配を感じたかと思えば美鷺はサガの腕にすっぽりと収まっていたのだった。

私は今なんでこんな状態になっているのだろう?
状況が良く分からず美鷺は途方に暮れるしか出来なかった。
いつの間にか密着状態なのである。自分の背に回った腕に阻まれ身動きを取ることもできない。

ただ寝顔を見ていただけだったはず…と美鷺が思った矢先だった。
サガの髪色に変化があることに気付いたのは。
己の顔間近に見えたその髪は黒色になっていたのだった。
「?!」
慌てて美鷺は面を上げると、そこには意地の悪い笑みを浮かべた黒髪のサガが見え。
「そう穴の開くほど見詰められてはおちおち眠る事も適わん」
なあ、小娘?
愉快そうにサガは笑むと美鷺は彼には気付かれていた事を知り顔を真っ赤に染め上げた。
「な、ななななな…」
美鷺は彼の腕の中で盛大に狼狽えた。
「よもや、何のことかとシラを切るつもりではあるまいな?ん?」
美鷺の反応に気を良くしたサガは彼女の顎に手を添えクイッと目線をさらに合わせる。
この状況をどこか楽しんでいる節さえ見て取れた。
「なっ…。……意地悪…」
美鷺は悔し紛れにぽそりとそう呟くとフイと目線を逸らした。
少し揶揄いすぎたことに気付いたサガは顎に手を添えるのをやめククッと笑んだ。
「……なんで貴方がここに」
美鷺が不貞腐れたように頬を膨らますとサガは鼻で笑い
「簡単な事よ。あやつが蘇ったときにこの私も同時に蘇った。
今まではあやつめがこの私を奥底に押し込めていたが、ここのところの徹夜が堪えたのだろうな?
こうして表に出てくるなど容易い事よ」
あやつが目覚めればこの私はまた奥底に眠りにつく。不本意ではあるがな。
とサガは美鷺の質問に答えたのだった。
この時美鷺は未だ前屈みの体勢でサガの腕により拘束されている状態であった。
流石にこの体勢が辛くなってきた美鷺は腕に力を籠める。が、やはりびくとも動かない。
「…そろそろ離して下さらない?」
美鷺がバツが悪そうに切り出せば
「…断る、と言ったら?」
愉快そうに笑うサガは美鷺の反応を楽しむように切り返した。
「…こまる」
「フン…まあ良い」
一頻り反応を楽しんだというかのようにサガは美鷺を腕から放してやった。
美鷺はサガの隣に座りなおす。暫く静寂が辺りを支配していた。
「…聞きたいことがあるのだけれど」
「……」
美鷺がサガにおずおずと声を掛ければ、サガは何だと言わんばかりに美鷺の顔を見やった。
「十二宮の最後の時、貴方は私の所に来たけれど…何?」
「…小娘が知らなくとも良い」
何かと思えばその事かとサガはそっけなく答える。小娘と呼ばれたことが不服な美鷺は抗議しようかと口を開きかけたがそれをやめた。
今まで揶揄うような表情だったサガがほんの少しだけ、悲しげな顔になったように見えたからだ。
「…そう」
美鷺はため息を一つ漏らすとまた暫し静寂が訪れた。
沈黙の時間が破られたのはそれから数分後。
「!?」
美鷺は太腿に突然重みを感じそこを見やるとサガが寝転んでいた。
俗にいう膝枕である。
「え?」
いきなりの事で美鷺は思わず立ち上がろうとするがサガはそれを制し
「膝を貸せ…。私は眠る。
次に目が覚めたときはあやつが起きるであろうよ」
サガは目を細めたかと思うとうとうとと微睡みだし、最後には静かに寝息をたてはじめていた。
「…もう……」
いつも急なんだから。美鷺は心の中でそう呟くとサガの髪を優しく梳いた。
十二宮の時。教皇の時でも急に腕に閉じ込めたり等があったのを思い出し美鷺は笑みを漏らす。
振り回されてばかりいたけども不思議と嫌ではなかった自分に驚きながら。

疲れているサガを起こさないように美鷺は木漏れ日の中木の下で彼の眠りを見守る。
穏やかに、緩やかに時間は過ぎていく。
もう一人の方のサガの寝顔を見ながら美鷺は、たまにはこういう日があっても良いかと思い始めていた。

移転前初出:2017年11月1日

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