秋の夜長、遠い朝

「…?ミサギ?」
どうした?とサガは自室に彼女を迎え入れる。

十二宮の時とは違い、彼女は実体でサガの部屋を訪ねてきたのだった。
数刻前に執務室を先に出た美鷺。てっきり私室でもう休んでいると思っていたサガは夜も遅くに自分の部屋を訪ねてきた美鷺に驚き、外の寒さも相まって一先ず私室に招き入れる事にした。

「一体どうしたのだ?」
未だに無言でいる美鷺を不思議に思い彼女の顔をサガは眺める。
眺めて気付いた。
美鷺はどこか眠たそうに見えるのである。
彼女の服装を見れば、やはり先程まで眠っていたのではなかろうか?
夜着に身を包み肩にはショールを軽く纏っているだけ。
徒歩ではそれなりの時間がかかる距離であるが空を駆ける事の出来る彼女の事だ、美鷺の私室からこの双児宮にあるサガの私室までどのようにやってきたのかと問うのは愚問であろう。

「…た」
「?」
「よかった…」
ぽそりと美鷺は呟いたかと思うと目尻に涙を浮かべていた。
「ミサギ?」
美鷺の頬に一筋の涙がつたうのを見てサガは動揺する。
美鷺が泣いている理由が皆目見当がつかないからだ。
執務中、美鷺と何か問題があったわけでもない。
喧嘩などもしていない。思い当たる節は何もないのだった。
──ああ、私の与り知らぬところで何かあったのだろうか?
サガはどうしたものかと美鷺を落ち着かせるためにどうしたら良いか考え、ソファーに座るよう促そうと彼女の手を取ろうとした。

次の瞬間、サガの胸元に温かい感触が訪れる。
「…美鷺?」
いつの間にか美鷺がサガの胸元に縋りついていたのだ。
サガの存在を確かめるかのように美鷺は彼の背中に手を回しぎゅっと抱きしめる。
「良かった…」
譫言の様に繰り返しそう言葉を紡ぐ美鷺。それに対しサガは宥めるかのように美鷺の頭を優しく撫で抱きしめ返した。
「…美鷺?一体どうした?」
美鷺を安心させるかのようにサガは優しく背中を撫で抱きしめる。
すると漸く、美鷺が泣いていた理由が分かるのであった。
「…怖い夢を見たの」
「夢?」
サガは優しく続きを促す。
とてもとても怖かったと美鷺はサガに縋りつき。
「サガが私の前からいなくなってしまうの…とても怖かった」
十二宮の時の様に、目の前でいなくなってしまう…失ってしまう…
そう言う夢を視たのだと美鷺は語る。
「とても恐ろしくて、いてもたってもいられなくて…」
気付いたらここまで来ていた、と美鷺はサガの胸元に顔を埋めた。
「美鷺…」
美鷺の愛らしい仕草にサガは愛おしさを感じ、彼女の細い体を優しく抱きしめる。
その存在を確かめるかのように。
「私は二度と美鷺をおいてはいかない。約束する」
だから、安心して欲しい、サガはそう言うと美鷺の顔に手を添え見詰めた。
「ほんとうに…?置いて行かない…?」
「ああ、勿論」
サガは再び美鷺を優しく包み込むと美鷺の首筋に己の顔を埋めた。
「…ありがとう」
美鷺は、良かった、と安堵のため息をサガの腕の中でもらすとそっと抱きしめ返した。

十二宮の乱の時。
アテナ神殿の目の前で、アテナ沙織と美鷺の目の前で自害したサガ。
止めるのが間に合わなかった。例え間に合ったとしてもそれを止められるかは美鷺には分からなかった。サガが望んだことを阻止する事など出来なかったに違いない。
その事が美鷺の心の奥底までトラウマとなり残り続けていたのだ。

安心した途端俄かに眠気が戻ってきた美鷺はサガの腕の中で微睡み始める。
美鷺の体温が高く感じられたサガは、彼女が落ち着いてきたのを感じ。
このまま彼女の私室に送り返すのもしのびなく思い
「美鷺、夜ももう遅い。
今夜一晩このまま泊まって行くと良い」
私の寝室を使いなさい、とサガは美鷺を諭すように優しく声を掛けた。
その言葉に美鷺は頷くと、サガのエスコートで彼の寝室へと足を踏み入れる。
きちんと整頓が行き届いた部屋。
長身のサガの為に設えられたかのようなベッド。
サガは美鷺をベッドに腰掛けさせ
「美鷺はここで寝るといい」
私はソファーを使うから安心して眠るといい、と彼女の頭を優しく撫でた。
その仕草に美鷺はサガを無言でじっと見つめる。
「…美鷺?」
自分を見詰める美鷺を不思議に思いサガは彼女の名を呼んだ。
「……傍に居て欲しい…の…」
ダメ…?と美鷺は小首をかしげて哀願する。
その愛らしい問いにサガは理性をフル回転させ平静を保ち、彼女の望みに応えるべきか思案した。
美鷺の事は大変愛しく思っている。大切にしたいが故に一線を超え無いよう清く正しい交際を努めていたサガは大いに悩み
「…分かった。美鷺が眠るまでの間なら傍らに居よう」
さ、ベッドに横になりなさいと美鷺を布団の中へ誘うとサガはベッドの縁に腰掛けた。
「…サガも一緒に布団に入りませんこと?」
夜は寒いですわ?風邪をひいてしまいます…
美鷺は更にサガの理性を苛む問いかけをする。
それは即ち同衾ということで。
サガは困った。大いに困った。
だが美鷺の様子を見る限りでは眠ること以外に他意はない様である。
それに何より、美鷺を悲しませるわけにはいかない。
「…わかった。共に寝よう」
サガは覚悟を決めると美鷺の隣に身を横たえ、子をあやすかのように美鷺の体に手を添え睡眠を促すように優しくリズムを取った。
「…温かいですわ」
ふふ、と美鷺はふわりと笑むと目を閉じ。
サガの温かい手。サガの隣。サガの存在。サガから香る優しい香り。
それらすべてに安堵した美鷺はいつしか眠りについていった。

 サガにとっては長い夜の始まりとなった。
さすがのサガでも、愛しい娘を傍に理性を保ちつつ朝を迎えるのは至難の業である。
十二宮の時は美鷺は明け方には消えるように肉体へと戻って行っていた。
夜を共にしていても同衾する事は無かったのである。
「……」
すやすやと規則正しく聞こえる美鷺の寝息。
美鷺の温かな体温。柔らかな髪。髪から仄かに香る甘い香り。そのすべてがとても愛おしい。
ううん…、と美鷺が時折身を捩れば悪夢に苛まれていないだろうかとサガはその顔を慈しむ様に見やる。穏やかな寝顔にサガは安堵すると、このような時間が持てるようになるとは思わなかったと幸せをかみしめる。
「…美鷺…」
愛している…と小さく呟いた後サガは美鷺の額に優しく口付けを落とすとそっと抱きしめた。
規則正しい美鷺の寝息と彼女の温かさ、その心音に誘われ。サガも微睡み始めた。

 翌朝。
日の出と共に美鷺は目を覚ますと隣にはサガの麗しい寝顔があり、自分はその腕の中に居た。
同衾したことをはっきりと理解した美鷺が顔を赤らめているとサガも目を覚まし。
悪夢を見なかったか心配され、視ていないことを伝えるとサガに優しく微笑まれ。
美鷺は更に顔が朱に染まるのを感じ、思わずサガの胸元に顔を埋めたのだった。

移転前初出:2017年11月26日

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