「…奈落の意地悪!」
ぱしん!と勢いよく襖が閉められた。そして次に響くはドタドタドタという足音。
その足音の主は湊。いかにも、『怒ってます』と言った風情で奈落の部屋を後にしたのだった。
湊が外出できないのを不満がり、奈落も一緒に出掛けないかと直談判したことが事の発端である。
「前までは温泉に浸かりに行ったりできたのになんで今はダメなの」
1人で外出がダメなら奈落も行こうよ、と湊は食い下がったのだがそれでも奈落は首を縦に振ってはくれなかった。あまつさえ、冷めた視線を奈落は湊に向けた。
暫く無言で二人は視線を交わしたが、しびれを切らした湊は目に涙を浮かべ、冒頭に至る。
「……」
「…珍しいじゃないか、痴話喧嘩かい?」
無言で襖を見据えていた奈落の背後に神楽が立つ。
神楽の言葉に奈落はじろり、と彼女を睨んだ。
「…何の用だ」
今は用は無い、という態度を奈落は見せると神楽は肩をすくめ。
「…あの様子じゃあ、湊の奴城から抜け出してそこら辺をほっつき歩いてるぜ?」
へいへい、と神楽は溜息を溢しながら奈落に視線を向ける。
「…好きにさせておけ」
どのみち、湊にはわしが必要だからな…と奈落は余裕を見せた。
それに対し神楽は、そうかよ、と呟く。
奈落は無言で最猛勝を呼び出すと窓から解き放った。
──……とかなんとか言って、ちゃっかり最猛勝はつけるのかよ
神楽は言葉に出さずに、奈落も湊には甘いよな、と溜息をついた。
その頃。
湊は神楽の予想通りに、城の外に出てぶつくさと文句を言いながら当てもなく歩いていた。
少し離れた上空で最猛勝が見張っている。だが、湊はそれに気付くことは無かった。
「ほんと…奈落の意地悪…」
ずっと閉じこもってばかりじゃつまらない。
なんで奈落はあまり出歩かないのだろう。やっぱり、城主というものは出歩かないものなのだろうか?それはそれで可哀想ではあるな…と湊はそう考えるに至った。
だが湊は気付いていないだけなのだ。
奈落は度々外出している。四魂の欠片を巡り犬夜叉達と度々かち合っている。
湊には知らせる必要もない事であるが故奈落はその事を黙っているだけなのだ。
それに何より、湊を犬夜叉の目に触れさせたくない奈落は、湊を城に閉じ込めておくことに決めた。
彼女の名前を出すだけでかごめの動きを鈍らせることが出来ることに気付いた奈落としては、
湊を外に出す必要性を感じなくなっていたのだ。
湊がとぼとぼ歩き、そろそろ城に戻ろうかどうしようか、奈落に謝ろうかと考えていた矢先。
遠くに土煙が上がっているのが見えた。
「…?なんだろ」
湊はその方向を眺めると段々と土煙が近付いてきているように見受けられる。
ドドッドドッドドッと地響きまで聞こえ始めた。
馬の早駆けにしては数が多いように見えた湊はその場で立ち止まり様子を伺う。
鎧をまとった男たちが馬に跨っている。身形はあまり宜しくないようだ。
時代劇で良く見るような、浪人や野党、そういった風情に見えたところで湊は背筋に冷たいものを感じ身震いした。
──…もしかして、本物の盗賊…とか?
いつぞやに視た夢を思い起こし、どうしよう、と思うも体が蛇に睨まれたカエルのように動かない。
そうこうしているうちに湊は数人の馬に乗った男達に周りを固められていた。
「こんな辺鄙な所に女だ?」
「お頭、上玉ですぜ」
男達はにやにやと下卑た笑みを浮かべながら馬から降り湊との間合いを詰めた。
彼等が頭、と言っていたことで湊はこの人物たちは盗賊だ、と直感した。
今までは城に居たり、神楽など誰かしら傍にいたため比較的安全な範囲に居た。
だが今は違う。安全圏から飛び出してきたため自分の身は自分で守らなければならない。
だけども、彼等の腰元には刀が下げられているのが見える。
逆らったりしたら一刀両断の元にされるのでは?どうしたらいいか…
などと考えている間に湊は盗賊の頭に捕らえられて馬に乗せられ連れ去られていた。
湊が浚われた同時刻。
「……」
最猛勝の目を通し神無の鏡を見て様子を探っていた奈落はすくっと立ち上がると
「神楽」
壁に凭れ掛け退屈そうに明後日の方向を見ていた神楽を呼び、ついて来いと彼女に命じた。
神楽はへいへいとため息を一つ吐くと奈落の後を追い城を後にした。
ドサッ!
「あいって…!!!」
盗賊の塒に連れて来られ乱暴に放り出された湊は、地面に転がった衝撃で腰を痛めた。
「いっつつつ…」
腰をさすり涙目になりながらも状況を把握しようと努める。
城のあったあたりからだいぶ遠くに連れて来られたようで、ここがどこだか見当もつかない。
さて、これは本当に困ったぞと湊は立ち塞がる男達を一瞥すると冷汗をかいた。
ぐいっ!と、頭と呼ばれていた男に腕を捕まれ湊は腰が浮きあがる。
「な、なに?なんなの?」
「女、酌をしろ!!」
「ちょ、離してよ!」
痛いってば!!と湊は抵抗するも虚しくそのまま腕を引かれずるずるとあばら小屋に引き入れられ。
あれよあれよという間に他の男達も小屋に入り湊の逃げ道を塞いだのだった。
逃げ道も塞がれ、どうする事も出来ない湊はこのままここでジ・エンド、万事休すか。
と内心悲嘆にくれる。
助けに来てほしい、誰に?奈落に。でもそれは無いだろう。
湊はそう思っていた。
酒瓶を持たされ、盗賊にやれ酌をしろとせかされ仕方なく給仕しようかとお猪口に酒を注ごうとする。
その間に盗賊たちは、やれ「しけた村だった」「廃墟ばかりで女もいない」などと襲いに行った村が廃村であったのを嘆いていた。
「帰り道にこんな上玉がほっつき歩いているとは思わなかったがな!」
がはははは!と男たちは上機嫌で笑いあった。
自分の運のなさに湊は心の中で泣いた。
「おい、女、その面はなんだ。
酒の席だぞ笑え」
頭に顎を上げられ口元をぐいっと湊は引っ張られる。
頭と湊の顔の距離はわずか数センチ。腕力に逆らえずに湊が身動きが取れないでいるその数秒にヒュッ!!!と何か冷たいものが辺りを舞ったと思えば、入り口付近にいた男二人の頭が飛んでいた。
切り口はとても見事なもので骨まですっぱりと切断され血飛沫を上げている。
「な、何事だ!!」
頭と残りの男達は湊を突き飛ばすと辺りを見渡す。
すると、また、ビュッ!!!と再び空気を切る音がした。
「ギャッ!!!」
断末魔が聞こえたと思えば男の片手が吹き飛びまたもや血飛沫を上げている。
男が痛みにのたうち回りながら戸口から奥の湊の居る方に這い寄ってきたため飛沫が湊の顔にも跳んだ。
「ひっ!!」
べチャリ、と嫌な音が湊の耳に残る。
湊の目の前には地獄絵図が繰り広げられていた。
すぐそばに漂う噎せかえるほどの血の匂い。
すると入り口から聞き覚えのある声と名前を湊は聞いた。
「…神楽。わしのものに手を出したことを
死してなお後悔する様にやれ」
「あいよ」
湊の目に映ったのは、助けに来るわけがないと思っていた奈落だった。
「なんだてめえ!」
「この仕業はてめえか、このアマ!」
残った男と神楽は向き合い間合いを取る。
「へっ、あたしの操る屍に敵うとでも思ってるのかい?」
めでたい奴等だな、と神楽は扇を一閃すると入り口で屠った首なし死体が立ち上がり
「げえっ!?」
男達はこの世のものではないものを見せつけられ尻込みをする。
「仲良く同士討ちでもしてるんだな」
神楽は高みの見物を決め込み、扇をひらりひらりと舞わせた。
それに伴い屍たちが剣を振るう。
盗賊の同士討ちが始まり、一人また一人と屍に加わり、最後に残った頭の断末魔が響き湊は思わず目を瞑った。
それに対して神楽は、なんだい、あっけないねえとつまらなさそうに扇をしまう。
「…湊」
未だに目を瞑り身動きが取れないでいる湊の元に奈落は歩みを寄せ、彼女の顔についた血飛沫をぬぐい取る。
湊はようやっとの思いで目を開けると間近に奈落が居て。
「助けに来るわけないと思ってた…」
わがまま言ってごめんなさい…と泣きじゃくりながら湊は奈落に凭れ掛かった。
「…ふん。わしの有難味が分かったようだな。
湊、これからもわしの傍に居ろ」
さすれば、貴様がこのような目に遭う事もない。
奈落は湊の背を撫でた。
「うん…」
湊は腕で涙をぬぐう。
「自分が死ぬんじゃないかって怖かった…
それ以上に、人が死ぬ様はもう見たくない…」
怖かった…と湊が呟くと奈落は、そうか…とだけ呟いた。
人の死に様なんざ、奈落の傍に居ても嫌と言うほど見る事になると思うがな、と神楽は思いつつも口には出すのはやめた。
傍から見ると、奈落の機嫌が良さそうだったからだ。
うっかり機嫌を損なうものなら、何をされるか分かったものではない。
やれやれ、と神楽は溜息をつくと小屋の外へと足を向けたのだった。
移転前初出:2018年1月11日
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