第五話 進展

 星矢たち100人の少年が世界各地に厳しい修行に派遣されてから約6年が経ち。
沙織は13歳、美鷺は18歳になっていた。

数年前に光政翁は他界し、彼が統べていた財団は沙織が妙齢になったら跡を継ぐことが決まった。
美鷺はそんな彼女を陰日向に守るべく公私ともに過ごす時間が増えていき。

18になると体調もすっかり回復したのか幼少期に比べて丈夫になっていた。
が、生来の気性があってか、目立つことには抵抗があった。
本来の記憶がすっかり蘇っていたのである。
自分は何故人間として暮らしているのかも思い出した。
それにより、この世界の本来の住人ではない自分が目立つべきではないと悟り。
地上でのこの与えられた地位は全て妹として共に在る沙織に託し、彼女を補佐することに徹するようになっていた。

──翁が…亡くなる前に、沙織に真実をそれとなく伝えていてくれて良かったかもしれない…。
美鷺はそう考えていた。

真実を知った沙織はお転婆さが無くなり、アテナとしてどう振る舞うか模索し始めていた。
普段は財団を統べる次期総帥としてふさわしくあるように努力をしている。
その傍らでは、女神として隙が出ないように気高くもある。

 光政翁の意思としてこのたび開催される銀河戦争。
これには、聖域にある離反者をおびき寄せる目的もある。

あとは、各地に派遣された少年たちが帰還するのを待つのみ。
──打てる布石は打っておいた。さて。どう事が運ぶやら…。

美鷺は、帰還者のリストを眺めつつ思案していた。

 派遣された100人もの少年たちのうち、見事聖闘士となって帰還する者たちはほんの一握り。
リストアップされた名の中には、沙織に反発していた星矢たちもいる。
「……星矢は天馬座…か」
──天馬、ねえ…。

アンドロメダ島からは瞬が帰還し、その兄である一輝の帰りを待ちわびている。
「…一輝はデスクィーン島…か」
一輝は、聖闘士になったという情報以降消息がつかめていない。
人一倍、辰巳と沙織に反発していた彼の事だ。そう易々と招集に応じる事もないだろう。
不確定要素が事態をどう向かわせるか。美鷺にも予測ができない。

 そして。銀河戦争の戦いの火蓋は切って落とされた。
開催当初は想定通りに進行はした。が…。

一輝が暗黒闘士を引き連れて反旗を翻してきたのは予想外だった。
サジタリアスの黄金聖衣は持ち去られ、星矢たちは否応なしに聖衣を取り返すことになった。
もっとも、星矢の場合は、沙織のためにというよりは、生き別れになった姉を探すという
目的の為ではあったが…。星矢・瞬・紫龍・氷河は辛くも一輝を退け、黄金聖衣のパーツを
取り戻すことに成功した。

だが…。事態はさらに急を要することとなる。

 聖域からの刺客として、青銅聖闘士の1つ上の階級の白銀聖闘士が続々と派遣されてきたのだ。
「……まんまと、誘いに乗ってきたわね」
美鷺は、グラードコロッセオで沙織を守りながら独り言ちた。
これは想定通り。あとは向こうがどう出てくるか、である。

コロッセオ屋上にて、取り戻された黄金聖衣のパーツをパンドラボックスに戻そうとしたその時。
「……烏の羽…?」
美鷺と沙織のそばで羽が舞ったかと思えば、大量の鴉が二人めがけて降下してきた。

「…危ない!」
ドンッ!!と、美鷺は沙織をかばう為彼女を突き飛ばす。
「お姉さま…!!」
沙織が体勢を立て直した時にはすでに美鷺は大量の烏の足に括り付けられた紐に囚われ。
あっという間に上空に飛び立っていた。

──まさか鳥に捕まるとは思わなかったわね。でも…このまま敵陣に辿り着けたら内情が探れる。
この状況は好都合と判断し、コロッセオに残った沙織が気にかかるが
近くには星矢たちがまだいたこともあり、異変に気付き沙織を助けるだろうと判断し。

──星矢達が沙織の元に駆け付けた小宇宙を感じる…。
彼女の事は彼らに一時任せよう。

そう考え美鷺はこのまま大人しく大量の烏に連れられて行く事を選んだ。

 どれだけの時間が経っただろうか。
美鷺は、徐々に鳥たちが下降していく気配を感じた。
大方、彼等を従えている主の元に行くのだろう。
そう考え彼女は気を失ったふりをして敵陣に乗り込むことにした。

辿り着いた先はどうやらまだ日本国内。人気の無い場所だった。
そこに居たのは一人の細身の男。
気配で察するに、小宇宙は白銀聖闘士といったところか?
「よしよし、良くやったぞお前たち。
…はて、小娘が1人足りないようだが…。まあ良い。
残りの鳥たちが連れてくるだろう。さあお前たち、この娘を教皇様の元へ連れて行け」
鳥たちの主であるらしき男が号令をかけると、その命に従い鴉たちは再び美鷺を上空へと誘った。

──…ギリシアまで鳥が運べるのだろうか…。
そうだとすれば凄いものだと美鷺は変な所で感心し。
「…ちょっとだけ彼らの負担を減らすとしますか」
美鷺はぼそりと呟くと。
風をそれとなく操り、行程の負担を軽減しつつ道案内は鴉に任せた。

―教皇、か…。
聖域を脱出する前に会った教皇はどう見ても別人だった。
小宇宙も彼、シオンとは違う。

シオンとも違うが、覚えのある小宇宙だったことは記憶している。
確か、13年前に一度会ったことのある人物…。
「…あれはたしか…。
でも、確証がないのよね…。…着いたら探るか」
美鷺は鴉にも聞こえないように独り言ち。
「…あ。見慣れた風景が見えてきた」
遙か下に見えるは、アテナ降臨の際に度々滞在する神域…聖域。
その中でも標高の高い部分。アテナ神殿の前にある大きな宮…教皇の間があった。

「いよいよ、敵陣の真っただ中ね」
美鷺は、一芝居を打つため、再び気を失った振りをしつつ、鴉たちに身を任せた。

「…ついに来たか」
教皇の間で、マスクを被り、ゆったりとしたローブに身を包んだ
長身の男が一人、ぼそりと呟いた。

その場にはその男しかいない。
「……この気配は…」
男は、鳥たちに連れられている者が小宇宙とは違うモノを持つ存在と気付いたようだ。
「…アテナを連れてくるのは失敗したようだな…」
忌々しげに呟くと気を取り直し。
「…まあ良い。これがあの時に共にいた小娘であれば好都合というもの」
ククク…と含み笑いをこぼし、今か今かと、娘の到着を待ちわびていた。

 バサリ…バサササッ
広い教皇の間に鳥たちの羽音が響き渡る。
ドサリ…

美鷺はそのまま床に放置される形で鴉たちから解放された。
鳥たちはそのまま再びいずこかへと飛び去って行き、美鷺はその場に一人残される形になっていた。

──…いったあ…。床にそのまま置き去りにされるまでは考えてなかった。
目を閉じたまま、美鷺は気配を探る。

どうやら近くには誰も居ないようだ。
──さて、どうしたものか。
動こうにも、先ほどの衝撃で腰を打ったようだ。
美鷺は暫く身動きが取れないでいた。

──…少しこのまま様子を見るか。
そう思案し、意識を集中して聖域内を透視しようとしたその矢先。

 ギイイイ…と、重厚な扉が開く音がその場に響き渡った。
カツン…コツン…と、ゆっくりと足音が響く。
どうやらこの場所の主が自分の元へ歩みを進めているようだと美鷺は感じ取り。
相手がどう出るか試すことにした。

「………」
だが…
その人物は一向に口を開かない。
ましてや攻撃を仕掛けるそぶりもない。
どう切り出すか思案している、そんな雰囲気を美鷺は感じた。

―…さて、どうくる?
美鷺はこのまま気絶した振りを続けるか否か思案しつつ、相手に悟られぬよう
細心の注意を払い、出方を見守る。

「…ミサギ…?」
小さな声で男が呟いたように聞こえた。
(やはり、あの時の面影がある。
この娘はやはり…)
男は、美鷺をしげしげと見つめ。彼女が目覚めるのを待っているかのようだった。

──…名を呼ばれた気がする。ということはやっぱり…?
美鷺は、相手が何も行動を起こさないので、こちらが動くしかないかと判断し。
「う……ん…」
今しがた気が付いたかのように振る舞い、目を開けた。
「…いたたたた…」
紐で括られた節々や、床にぶつけた腰をさすりながら起き上がる。
ボー…っと、寝ぼけ眼をこする素振りもし。それから辺りをきょろきょろと見回した。

「……ん?」
ここで初めて、男に気付いた素振りを見せ。
「………」
「…………」
美鷺と男はお互いに暫く無言で見詰め合った。

「……誰?」
美鷺は敢えて、目の前にいる男の正体を覚えていない振りをした。
13年間の状況を探るには、教皇の事を覚えているのが知れたら面倒な事になりそうだと
判断したためだ。

「…覚えておいでではないのですか?」
美鷺の発言に些か疑問に思い男は問いかけるもしばし沈黙し。

何やら納得したのか、男は彼女の前に頭を垂れた。
「…私が聖域を統括する教皇でございます。
ようこそお出でくださいました」
「…教皇…?」
「はい。左様でございます…」
聖域に滞在した期間は美鷺が幼かった頃。ほんの数日の事。
当時の事は覚えていまいと彼は考えたのだろう。
教皇と名乗る人物は恭しく彼女の問いに答えた。
「13年前、逆賊に連れ去られたと判ったときはどうなる事かと思いました。
ご無事で何よりです。我らが女神の守護者よ」

──…いけしゃあしゃあとまあ…。よくも言えたものね。
美鷺は内心、アテナに反逆したのはそちらだろうと思ったが。
敵情視察に来たのに事を荒げるわけにもいかない。
せっかく敵陣真っ只中に潜り込んだのだ。
状況を把握するまでは全てを覚えていることを悟られるわけにはいかない。

美鷺は彼の芝居に乗ることにした。

「………何故私をここへ?」
「貴女様が日本に居るという事が此度判明しました故………。お連れした次第にございます」
「………随分と変わった連れ出しかたな気もするけど………まあいいわ。所でアテナはどこに?」
まさか私だけ連れてきたの?といった素振りで美鷺は辺りを見回した。

「アテナは後日こちらへお連れ致します故」
心配召されるな、とでも言うように仰々しく教皇は頭を垂れ。
「………そう」
その回答に美鷺はそっと呟き。
「………アテナをお連れする際は、今回のような手荒な真似は控えて頂けると助かるわ」
手首を擦りながら彼にクギを指した。
「………ご無礼を失礼いたしました」
彼は、節々を擦る美鷺の姿に若干申し訳なく思ったのか………そっと近寄り、その手を優しく取る。
「………!?」
その仕草に驚いた美鷺は、手元と教皇を交互に見詰め。
訝しげに首を傾げた。

「………あの?」
しばらくの間、手をとられたまま。
手を取ったまま時が止まったかのように動かない彼を見て
美鷺はどうしたものかと考えあぐね。

「………教皇?」
ぽつりと名を呼んだ。
それに気付いた彼は、はっと身動ぎ。
「どこか具合でも悪いの?」
教皇が些か息が荒くなったように感じた美鷺は、
つい、心配になってマスクの中を覗きこもうとした。
「ご心配には及びません。
さあ、長旅で御疲れでしょう?寝所にお連れ致します」
マスクを覗きこまれそうになり若干慌てた様子を隠しつつ、
彼は美鷺の背に手を添えて、促すかのように部屋を後にした。

移転前初出:2015年1月23日

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