そんな時だった。ふと、この遺跡群に一人の老人が迷い込んで来たのか。
辺りをきょろきょろと見渡していた。
かつては栄華を誇っていたであろうその遺構に目を奪われたかのように。
そして。
「……!」
彼はこちらの様子に気付いたようだった。
「おい!そこの君!!大丈夫か!?」
アイオロスの様子を見るや否や駆け寄り、彼を抱き起そうとした。
「聖域に邪悪が蔓延りこの子らを殺そうとする者が現れた………
死力を尽くしここまでなんとか救いだしたが、私を除くほとんどの者がその者の配下となってしまっている………。
この子らを、ここから遠ざけて、どこかで匿ってほしい」
アイオロスは息も絶え絶えになりつつも、身形で東洋系の旅行者と判断し、
美鷺とアテナを託そうとした。
「おい、気をしっかり持つんだ…!!」
「この赤子こそこの世に邪悪が蔓延るとき
何百年かに一度神がおくだしになる救世主、
アテナの化身………そしてこの幼子はその従者………このままここにいては………」
存在を消される。
「いずれ、アテナの回りに真の勇気と力を持った少年たちが集まってくるでしょう………
邪悪を払い地上の正義を守ろうとする少年たちが。
その中から成長した真の聖闘士にこの箱を与えて下さい………この射手座の黄金聖衣を………」
全てを伝え終えたアイオロスは力なく項垂れ息を引き取った。
「……。アイオロス…」
美鷺は彼の亡骸を術を用いていずこかへと埋葬した。
地上ではないどこかへ。
これで、アイオロスが聖域外まで達したことは偽教皇にも見抜けまい。そう考えて。
「…申し訳ないけれども、アテナをここから遠い所に匿いたい。
私は美鷺。見たところ貴方は旅人のようだけど。
無理を承知でお願いしたい。ここで出会ったのも運命。
貴方の所に私たちとコレを連れて行って欲しい」
彼の死を悼む間もなく、彼女は老紳士に頭を垂れた。
目前で垣間見た不可思議な業によりその紳士はこれも自分の天命なのかと納得せざるを得なくなり。
金で出来た大きな箱と、幼子二人を引き連れ母国に帰ることとなった。
彼の郷里への道すがら。
美鷺は老紳士に現状を、当り障りの無い範囲でかいつまんで説明した。
それに対して彼はじっと聞き入り。そして、自分の名と国籍を答えた。
名は城戸光政。故郷は日本。ここへはチャーター機で来たという。
──チャーター機…。聞いたことの無い言葉だ。
以前の降臨から二百数十年余り。だいぶ文化や技術が発達している時代のようだ
と美鷺は判断した。
「そのチャーター機とやらで日本へ向かえるのね?」
「さようでございます」
「では、一刻も早くここから出ましょう。
あと、それから…」
そう言うと、美鷺はうつらうつらとし始め。
「私はこれからしばらくは…年相応の子供と変わらなくなる…
時が来るまでは…」
刻刻に至るまでは普通の人間と変わらなく過ごす。
そう光政に言い置いて。
「…聖域から抜け出す際に力を使った故…
眠い…本来の力はしばし封じる。口調も思考も子供になるだろう」
彼が混乱をきたさぬよう、今後は普通に子供を育てるのと変わらぬように
過ごすようにと説明し。
──…この人間はアテナを守ることに対して、何故だか信じても良い気がする。
美鷺はそう思いながら機内で昏々と眠りこんだ。
気が付いた時には既に日本国内、光政の邸宅の一室に美鷺は寝ていた。
「……これが現代の居宅?」
見るからに豪勢な装飾。大きな部屋。大きな窓からは木漏れ日がさんさんと降り注ぎ。
どこの家でもこうなのか?と思いつつも、アテナを探すために部屋を出た。
「アテナはどこだろ…」
ぽそりと呟き。
広い屋敷内をうろうろしていると。強面の男に鉢合わせた。
「……」
「…………」
お互いどうしていいか分からず黙り込み。しばらくして。
「アテナはどこ?」
美鷺は男に問うた。
「美鷺お嬢様ですね。お探しの赤子でしたら今は光政様のお部屋に居ります」
どうぞ、と言わんばかりにその男は彼女を邸宅の主の部屋へと案内した。
「光政様、美鷺お嬢様がお目覚めになりました」
「うむ、入るが良い」
分厚そうな扉の向こうから、朗らかな声が聞こえた。
入室許可が下り、その男は扉を開けると美鷺と共に室内に入る。
そこには、赤ん坊をあやしているところの老紳士が居た。
「…アテナ!」
美鷺は、とたたたたた、と駆け寄り。
光政にあやされ至極ご機嫌なアテナが彼の腕の中にいた。
「おお、お目覚めかな?
美鷺殿。もうすでに儂の屋敷内だ。あちらで脅威になっていた者からは
無事振り切れたようだ。
これからは時が来るまで、儂の孫娘として過ごすことになるが、宜しいかな?」
光政の問いかけに美鷺は、こくこくと頷き。
「赤子の名前をまだ聞いていなかったのだが、名はあるのかな?」
素振りも幼くなった彼女を見て穏やかに彼は問う。
「ううん、ない」
ふるふると横に首を振り、彼女は問いに答え。
「そうか。…名は、沙織、と決めたのだが。良いかの?」
「うん!」
普通の人として過ごすには、人としての名前があった方が良い。
そう考えて、光政翁は先手を打っていたのであろう。
手際よく、養育の手筈を整えていた。
「おお、そうだった」
不意に、彼は口を開き。
「そこに居るのは辰巳徳丸という。
この屋敷を取り仕切っている儂の部下だ。
美鷺も沙織も、辰巳の事を執事として頼ると良い」
この者だけには、アテナの事を伝えておる。
そう言って、強面の男の方を指し示し。
「他の者には聖域の件は伝えておらぬでな。
そこだけは気を付けて暮らすが良いぞ?」
そう言い、幼い美鷺の頭を優しくなでた。
「うん、わかった~」
美鷺はニコッと笑み、大人しく光政の指示に従うことにした。
光政翁の手厚い保護の元、それから沙織はすくすくと育っていった。
美鷺はといえば。
聖域からの追手を振り切るために、地上にまだ馴染んでいないのに力を発揮した
影響もあり、少々病弱ではあったもののこちらもまた穏やかに成長していった。
沙織は、少しお転婆に…いや、お転婆というか、お嬢様特有の性質を備えていったというべきか。
屋敷を同じくして暮らしている同年代の子供たちからある意味恐れられていた。
…若干一名、高貴な素振りを見せる沙織に心なしか惹かれている少年もいたようではあるが。
「…外が賑やかね…」
美鷺は、ふと、自室から窓の外を眺め。12歳にしては少々達観した口調でぽそりと呟いた。
──今日は体調もいいし、外を見て回ろうかしら。
そう思い立ち、ぱたぱたと歩みを進めた。
遠くからぎゃんぎゃんと騒ぐ声がする。
そちらの方に歩みを進めるとそこには短髪の少年達とボブカットの女の子が居り。
やれ「馬に等なるか!」やら「お嬢様、この邪武にご命じください!」だのと聞こえる。
「……?」
なんだろうと思いひょいと覗きこめば。
そこには乗馬スタイルになった沙織と、馬役なのだろうか。
四つん這いになり彼女を乗せている少年の姿がそこにはあった。
「……ちょっとお転婆が過ぎるかしら…」
うーん、と美鷺はため息を漏らした。
この時、沙織は7歳。何不自由なく育てられ少々高圧的な気性を備えるようになっていたのであった。
──…。沙織がおしとやかになるように、おじい様にお願いした方が良いかしら?
乗馬ごっこが終わり、至極ご満悦な彼女と、それに反して膝小僧がすりむけた、馬を演じた彼を見て
美鷺ははあ…とため息をついた。
「へ―…珍しいじゃん、美鷺さんが外に出てる」
そんな彼女に気付いたのか、沙織に反発していた短髪の少年が話しかけてきた。
「…星矢」
「へへっ」
少年は名を呼ばれて、鼻の下をごしごしとこすりながら笑み。
「今日は具合い良いのかい?」
顔を覗き込みながら問うた。
「うん。外が賑やかだったから散歩してみた」
問いに答えると微笑み。
「…ごっこ遊びはもう少しおしとやかなものでするように言わないといけないかな…」
ぼそっと、美鷺は誰ともなしに呟いた。
「ん?なにか言ったかい?」
そんな彼女の言葉が聞き取れず、彼は首を傾げ。
「ううん、なんでもない。
またね?」
そう星矢に言い置いて美鷺は沙織の元へ歩み寄り。
「沙織…」
優しく名を呼んだ。
「おねえさま…!」
表情を明るくし、満面の笑みで彼女は美鷺の呼びかけに応じた。
「そろそろお部屋に戻りましょう?」
「はい、おねえさま!」
沙織は美鷺の手を引きながら小走りで屋敷の方へと向かっていった。
それからも時々、沙織と同年代の少年たちとの間には喧嘩めいたいざこざがあった。
星矢は特に沙織に反発する節があり、彼女はそれが気になるようで。
執事の辰巳も星矢たちには厳しく接していたのもあってかどうやら犬猿の仲のようだ。
いつだったか、一輝という少年が柵を乗り越えようとして辰巳につかまり
大変な目に合っていたりもした。
それからしばらくして。
少年たちは辰巳から籤を引かされ。光政様の命じであると世界各地へと派遣されていったのであった。
移転前初出:2015年1月7日
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