アテナとの契約の元、美鷺も地上へと度々下ることが起こるようになった。
女神は下界に降りる際に、毎回人間の赤子として転生しているようだ。
成人した姿のままで降りればいいのに…と当初美鷺は思った。
そして、彼女を守る闘士達は聖闘士と呼ばれる事も知った。
「アテナ。何故下界に行くときに赤ん坊にまでなるの?
赤子では無力ではないですか」
美鷺はこう、一度訪ねたことがある。その際の返事によれば。
『地上の理に順応するため』らしい。
聖闘士達の暮らす地上でのアテナの神域。聖域に赤子の肉体で降臨し、
そこである程度体が順応し小宇宙も十分地上で揮えるようにするため、のようだ。
まあ、確かに…。過ぎたる力は破滅を招く。
それを防ぐため、といったところ…なのだろうか?
とにかく、女神が地上を…人間の事を快く思っている事が
なんとなくではあるが伺える。
──なんでこんなに地上を…人間を信用できるんだ?
甚だ疑問ではあったが、アテナがこうと決めているのであれば
それに従わざるを得ない。美鷺は、彼女が地上に降臨する際は
赤子になった女神を守る形で、時には地上での姉として。幼子の姿で降り、
アテナの成長を見守りつつ約束が証明される日が訪れるようにと陰日向に尽力した。
アッティカの地を巡って幾度かは小競り合いがあったがさすがは常勝の女神アテナ。
何度目かの降臨での聖戦はあのハーデスとの戦いが勃発した。
その時の戦ではかなり苦戦を強いられたがこれをなんとか退け、ハーデスは冥府へと戻り二百数十年経ち…。
時は現代。
ギリシア、聖域。再び、アテナは赤子として巨大な女神神像の足元に降臨した。
もちろん、美鷺に抱かれ。守られた形で。
時を同じくして。
豪勢なマスクを被り、ゆったりとしたローブ…法衣を身にまとった者が星見の為
聖域で一番標高の高い場所にて何かを読み取っていた。
「……ついに、アテナが降臨なされたか…」
言うや否やその人物は、アテナ神殿まで急ぎ足で歩みを進めた。
──この神殿に向かってくる足音がする…。この気配は…
何度か転生を経験した美鷺は、小宇宙を感じ取る事が出来るようにはなっていた。
「この小宇宙は…確か前聖戦の時にアテナが…」
ふむ、と、幼児姿で美鷺が名前を思い出そうとしたその時。
「おお…!やはりアテナ…!我らが女神が降臨なされたという事は
聖戦が再び…!」
息も切らさず、その謎の存在は赤ん坊を見やり、『星見に間違いはなかったか』と息を漏らした。
「……その小宇宙。…シオン?今は教皇なのね」
「…!?まさか、美鷺…?」
「そうよ。教皇になったのであれば、文献か何かで読んでなかったかしら?」
赤ん坊のアテナを守る存在も共に降臨する、と。
「まさかシオンが教皇とはね…私もびっくりしたわ。
アレを施されたのは童虎だから。貴方がこんなに長生きしてるとは思わなかった」
「……。……妙なギャップを感じるのう…」
「何が」
美鷺は怪訝そうに首を傾げ。彼の言葉の続きを待った。
「その…。幼い姿で口調が妙に大人びているのがな」
「……ああ。確かに拙いか。でも大丈夫、これからは年相応にはするから」
「そうしてくれるととても助かる」
──…そんなに話し方可笑しかったかしら…
些か美鷺はムッとしたが、話を先に進めるために不満を口に出すのを控えた。
「それで。そろそろアテナを寝所で休ませてあげたいんだけど?」
美鷺はシオンを急かすような仕草を見せ。
「おお、そうだった、こうしてはおれぬ。ついて参れ」
そう言い。着いて来いと言ったものの、歩幅のせいもあり。
「…空、飛んじゃダメ?」
歩む速度の違いから彼等の間には距離ができ始め。美鷺はシオンに尋ねる。
「…それは構わぬが、体力消耗しないのか?」
逆に問われ。それもそうか、と美鷺が考えあぐねていると。
「こうすれば良いではないか」
ひょい、と。アテナを抱きしめている美鷺を抱きかかえ。悠々とアテナの寝所まで
歩みを進めていた。
──…シオンって、こんなに大きかったんだ…
と、妙に感慨に耽る美鷺であった。
シオンの足の速さもあってか、目的の寝所までは難なく辿り着き。
「時に、美鷺」
しばし室内でくつろいでいた三人であったが、ふと思い立ったかのように。
赤子の姿になったアテナをあやしている彼女にシオンは不意に問いかけた。
「何?」
「余は…いや、美鷺との会話に余でもなくとも良いか。
私はそろそろ教皇職を後継者に譲ろうと思うておる」
「へえ…。いいんじゃない?後継者がいるのであれば。
老体で聖戦に参加するのもしんどいでしょう」
にこりと彼女は言い放ち。
「失敬な!私はまだそんなに老いぼれてはおらんわ!」
美鷺の言葉に一瞬ムッとし、シオンは静かに切り返す。
「…まあ、伊達に二百数十年生きてはおらぬが…」
少し、ほんの少しだけいじけた素振りを彼は見せた。
「ごめんごめん。茶化して悪かったって。
後継がいるのであれば、早めに譲って、教皇職のイロハを叩き込んであげないと。
アテナを守り切れない者であっては大問題だから」
「それでな。後日、後継者と、その補佐を務める者を教皇の間に呼び
女神とお主が降臨したことを伝えるつもりだ」
「……。で、私はその時には教皇の間まで行った方が良いの?」
「いや、美鷺はこのままここでアテナを見ていて欲しい」
「…判った」
「今日はもう疲れたろう?ゆっくり休むと良い」
そう言い置き、シオンは踵を返し寝室を後にしようとする。
その姿に、一抹の不安を覚えた美鷺は思わず
「…シオン」
声をかけてしまっていた。
「…?なんだ?」
珍しい事もあるものだ、と言わんばかりに振り向き彼は続きの言葉を待つ。
「……いや、うん…。なんって言ったらいいかわからないけど…
とにかく、これから…気を付けて」
「なんだ、はっきりせぬな?」
「とにかく気を付けて」
「…変なことを言うものだなお前は。分かった、気は付けよう」
そう返事をし、心配させまいと笑みを浮かべ。それからシオンは寝室を後にした。
それから数日後。
美鷺は子守りの合間に聖域内をこっそり見て回っていた。
雑兵にも聖闘士にも。誰にも会わないようにこっそりと。
そんなある時。海辺まで探索の足を延ばしていた時だった。
「……小宇宙?」
美鷺は微かに感じるソレを頼りに歩みを進めると一人の人物に出会った。
「………」
「………」
お互いにどうしたものか、といった風体でただ無言で見詰め。
「……なぜこのような所に幼児が…迷子か?」
黄金色に輝く鎧をまとった、豊かな金髪で長髪の清楚な感じを湛えた少年が口を開く。
話しかけたかと思えば、美鷺の目線に合わせるためか、その長身を屈めた。
身形で、彼は黄金聖闘士であるというのが判った。
「…迷子というわけでは…」
ついうっかり、普段の口調で美鷺は問い返す。
その様に一瞬違和感を覚えた彼はしばし沈黙し。
「…ねえねえ、この先に何かあるの?お兄さん悲しそうな顔してるよ?
だいじょぶ?」
美鷺は慌てて、年相応の言葉に変えて少年に話しかけた。
「あ、ああ…」
先の話口調は聞き間違いか、と納得したのか。彼は優しい声音で
「この先にはスニオン岬しか無いよ。
あそこは君のような幼子が行く場所ではない。危ないからな。
迷子であれば送って行くから、ここから帰ろう。
私はサガと言う。君の名は?」
サガは穏やかに問いかけ。
名を問われて、さて、どうしたものか。と美鷺は考え込み。
口を閉ざした彼女を見てサガは、聖域の侍女候補か何かなのかと身なりで判断し
「…どこからか抜け出してきたのか?お付きの宮まで送るが…」
再度、問いかけた。
「……みさぎ。自分でかえれるもん。だいじょぶ」
「ではみさぎ。お付きの宮の主には執り成すから。
遠慮はいらない。おいで?」
こちらを気遣うようにこうまで言われては逃げ出すわけにもいかず。
「うーーー…。ほんとにこの先には行っちゃダメなの?」
「ああ」
「ふうん…」
──…微かに、この少年に似た小宇宙を感じるんだけどな…
そう思いつつも、美鷺はサガに抱きかかえられる形で聖域に戻ることになった。
「お兄ちゃん、送ってくれてありがと!」
聖域入口に入った途端に美鷺はサガの腕から抜け出し。
「あ、おい!宮まで送ると…」
「だいじょぶー!ありがとねー!」
あっという間に、彼女はいずこかへ向かって去ってしまっていた。
「……不思議な娘だな」
唖然とした風体で、見えなくなる背中を見詰めつつサガは美鷺を見送った。
数時間後、また再び会い見える事に為ろうとは露にも思わずに…。
真夜中も過ぎたころか。
美鷺は異様な胸騒ぎを感じ、アテナの寝所の隣室に備え付けられた自分の寝室で目が覚めた。
「──……シオン?」
一瞬、現教皇である彼の人の小宇宙が弾け、消えたのを感じた。
……以前感じた違和感の正体はこれか。
──何処だ。今何が起きている…?
美鷺は必死で、聖域内をその場で透視をし、そして…。
「………」
彼女は悟った。彼は暗殺されたのだと。
そして瞬時に寝床から飛び降り、隣室へと駆け出した。
アテナに危険が迫っている──…そう感じたからだ。
「アテナ!!」
急ぎ足でアテナの元へ駆け寄ると、そこには教皇の姿をしている何者かと、
そして、赤子を抱いて彼女を守ろうとしている一人の少年が居た。
「…!!」
美鷺の登場に動揺したのか、その人物は一瞬動きを止め、彼女を見やり。
(アテナの侍女だったのか…こいつも始末せねばならん)
じわりじわりと、歩みを美鷺の方へと進めていった。
「そこの君、アテナを連れて外へ出ましょう」
「…させるものかっ!」
美鷺は目前に迫る、教皇姿の者から振り下ろされた短剣をさらりとかわし。
非常時の為普段の口調で女神を抱いている少年に指示を出していた。
「あ、ああ…」
突然現れた、謎の幼女に言われるがままに彼は寝所の窓口へ向かおうとする。
その時間を稼ぐため、美鷺はあえて目の前の人物を挑発した。
「貴方、誰?マスクで顔を隠してても私には無駄よ?」
ふっ、と笑み。そして。
さらりと窓から飛び降り、難なく宙に浮いた。
「さあ、そこの君。早く!」
室内からは争う音が聞こえる。そして
「──…見たな…生かしてはおけん!!!」
閃光が走ったかと思ったが、いつの間にかアテナをその手に抱いた少年が窓から飛び出してきた。
その直後。
「誰か!!誰かであえ!!アイオロスが反逆を試みた!!」
アテナの寝所から教皇に成りすました何者かが大声で号令をだしていた。
「あらやだ。謀反人扱いされてしまったわ」
ぽそりと美鷺は呟き。そして、この少年はアイオロスというらしいと知る。
彼女のその口調に未だ唖然としているアイオロスに美鷺は
「アテナを助けてくれてありがとう。だのに、反逆者扱いされてしまう形になって
ごめんなさいね?私は美鷺。アテナの侍従よ。とにかく聖域から一旦出ましょう」
軽く自己紹介をし、さあ、と行く手を促した。
──…あの何者かの小宇宙…一度だけ会った彼に似ていたわね…。
「前回よりちと厄介ね…。こうなるとどこか遠くに身を晦ますか」
背後からは着々と、追手たちが進軍している気配がうかがえる。
「雑兵以外にも差し向けるとは…厄介ねえ…ほんと。
君、アテナを連れて少し先に行ってて」
遠くから来る聖闘士の小宇宙迄もを感じ取った美鷺は指示を出した。
「君はどうするんだい?」
「ちょっと、ね。追手の足止めを軽く仕掛けておくから」
方法は知られたくないから、といった風情で。さあ早く!と行く先を指し示し。
その様を見て彼は指示に従い、先を急いだ。
アイオロスにアテナを一時任せ、自分はその場に残りトラップを仕掛け始める。
──…この私が、まさかまた人間に一時でもアテナを託すなんて
何度か転生して、情でも湧いたか…と美鷺は少しばかり自嘲し。
まだ大地に馴染んではいないが雑兵ぐらいは足止めできるでしょう、と
「でやあああっ!!」
ほんの瞬く間に。軽い爆発を起こすトラップや閃光トラップなど。魔術の類の
数々の罠を仕掛けた。相手が怯み、時間が稼げればそれでいい。そう考えて。
その刹那。アイオロスと何者かの小宇宙が衝突するのを感じた。
「…!!しまった!…アテナは無事のようだけども…」
激しく衝突した後、薄れながらも聖域圏内から遠のいていく小宇宙を感じ。
それを辿りつつ美鷺は急いで空間を超越するかのごとく後を追った。
向かった先には、重傷を負ったアイオロス。その腕の中にはすやすやと寝息を
立てているアテナがいた。
「良かった…アテナは無事か…」
でも、アイオロスは…
「……やあ、何とか追手を振り切ったよ…」
美鷺が追いついたのを感じ取ったのか、彼は目を開けありがとう、と弱々しく謝辞を述べた。
「…でも、アイオロス…君は…」
返答としては酷かもしれない。でも、美鷺は言わずにはいられなかった。
「アテナの為に命を落とす…」
「それも天命さ…」
女神の為、命を懸けて地上と彼女を守るのが聖闘士。その定めを全うするだけ。
とでもいうかのように。
──…なんで人間って、こうも極端なんだろう…
美鷺はふと、聖域から出てすぐの遺跡群、観光客も出入り出来そうなこの場所で
思慮をめぐらし。
──…未だに、人間って良く判らないわ…神々も。
はー…と、長嘆息を付いた。
移転前初出:2014年12月4日
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