3. 泣き顔にすら心震える

「女。貴様何者だ」

 いきなり現れた白い人。とても美しい人。
白い着物に白い髪。額には三日月紋があり細面で長身。
襟元にはふわふわのもこもこを纏っている。
そう、現代の成人式で見るようなあのふわふわの…。

だがしかし、良く良く見ればそれはその人物の臀部辺りから伸びている。
と、いうことはこれは尾だろうか?この人物は人ではない。
湊はそう結論付けた。

 温泉から上がり夜風に当たりながら満月を鑑賞していたところに面と向かって開口一番言われたのが先の言葉である。
湊は数分固まった。
「……」
「………」
二人の間にしばし沈黙の時間が続いた。
女と呼び捨てされたことに湊はデジャヴを感じた。
それはどこでだったか…と思い返す。
暫くして思い出したのは、奈落と初めて出会った時のことだった。
そう言えばあの時も呼び捨てにされたっけ…などと思いを馳せている時にカチャリ、と金属音が聞こえ湊は目の前の人物に視線を戻せば、なんとその人物は刀の鞘に手を掛けていた。
「えっ、ちょ、ちょ…」
湊はいきなりの展開に目を白黒させる。
何故だか分からないが下手をしたら自分は斬られるかもしれない、そう感じたからだ。
「…貴様から奈落の匂いがする」
女、もう一度聞く。貴様は何者だ?
その人物、傍から見てとても美しい青年は再度湊に問うた。
湊は青年の問いに答えることなく、腕や袖の匂いをくんくんと嗅ぎながら
「え?!嘘、さっき温泉入ったばかりなのに奈落の匂い…?」
…奈落の匂いってどんなだ?と疑問に思いながらわたわたと身なりを整える。
その間青年は湊をじろりと睨みつけている。
着物にほんのりとお香のような香りが漂ってはいるように感じた湊は、
これがそうなのかな?と思いつつも口を開いた。
「私は橘湊。
訳あって奈落と暮らしてる人間だけど…」
この青年の声、何処かで聞いたことがあるな、などと思いながら湊は青年の問いに答える。
「ほお…?」
青年はカチャリと再度鞘に手を掛ける素振りを見せた。
「!?」
答えたのにもしかして斬られる?!と湊はビクリと身構えた。
するとそこに何度となく聞いた声が聞こえた。
「本当なの犬夜叉」
「ああ、微かにだが奈落の野郎の匂いがしやがる!」
ガサガサと茂みから急ぎ足で近付いてくる音が聞こえたと思えばそこから現れたのは犬耳少年。
「…あ」
かごめちゃん、と湊は呟くと犬夜叉達と共に突然現れたかごめに驚き視線をそちらに向ける。
「湊ちゃん!?って、殺生丸もいる」
なんで?とかごめは目を白黒させていた。
「…殺生丸…?」
何処かで聞いたことのある名前だなと湊は青年をちらりと見やりどこで聞いたのだったかと記憶を手繰り寄せる。
「…そう言えばあの時…」
奈落の屋敷に居たときに、客人をもてなすと言いながら屋敷の広大な庭園で戦闘になっていた時の事を思い出した。
「…貴方が殺生丸」
湊がぽそりと呟くと殺生丸はじろりと再び湊を睨んだ。
その射貫くような視線に湊は冷汗をだらだらと流す。
温泉に入って月見をしようとしていただけなのに何でこんなことになるんだと湊は内心泣きたくなった。
「やい、湊!奈落はどうした!」
犬夜叉は喧嘩越しに湊に尋ねる。
湊は困り果てた面持ちでぶつぶつと、温泉入ってただけでなんでこんな目にと呟きながら
「ここには居ないわよ、私だけだもん温泉に入ったの」
お月見しようと思ってたのに台無し…
盛大に肩を落とし深く溜息をついて湊は犬夜叉の問いに答えた。
「…どうやら本当に奈落は居ないようですな」
「外れか」
弥勒と珊瑚は二人で状況を分析し、空を見上げる。
そこには煌々と輝く満月があり。
「…確かに、月が輝いておりますな」
弥勒は絶景かな絶景かなと仰ぎ見た。
「…温泉?」
かごめは湊の言葉に目を輝かせる。
「うん、すぐそばにあるよ?
久し振りに入りたくなって浸かってたんだ」
この時代、湯船のお風呂って無いから…と、温泉のある方角を指し示しながら湊は答える。
その様子をみた殺生丸は踵を返す。
「あ、おい、てめえどこ行くんだよ」
犬夜叉は殺生丸が背を向けたのを見て慌てて問いかける。
「…貴様には用は無い」
犬夜叉や湊を一瞥するとふわりと宙に浮かんだ。
浮かんだのだが。
「…ふわふわのもこもこ…」
湊は殺生丸の長く豊かなソレを躊躇なく触っていたのだった。
奈落の狒々皮とはまた違った感触に湊は只管もふもふと触る。
「湊ちゃん!?」
かごめは真っ青になりながら湊に駆け寄る。
殺生丸は無言で湊を見やると、徐に尾を引き上げ湊を引き剥がした。
湊が斬られる様子もないことに安堵したかごめは湊を抱きしめ殺生丸の所から離れさせた。
「湊ちゃん、無事でよかった…」
久しぶりの再会にかごめはほっと一息つくと湊から離れる。
「心配かけてごめんね?私はこの通り元気だよ」
湊は微笑んだ。

 その刹那。

ヒュッっと何かが空を切り裂く音が走る。
「!!かごめ!!」
犬夜叉がいち早く危険を察しかごめを抱き抱え音のした後方へと飛びずさった。
辺りに緊張が走る。
「…てめえ…神楽!」
いつの間に、と犬夜叉達は臨戦態勢を取り始めた。
「え?神楽?」
もう迎えが来たのと湊は上空を見上げる。
「…なんだい湊、緊張感がまるで無いねえ」
神楽は呆れながらも三度空を切り裂き犬夜叉達が湊から距離を取るように仕向けた。
辺りを見れば殺生丸もいることに気付いた神楽は更に距離をとるために空を割く。
十分距離が取れたところで神楽は湊を羽船に乗せようと下降を始めたその時。
「…湊」
クククと喉で笑う独特の声が聞こえたかと思えば湊の背後に気配が現れ、ぐいと引き寄せられた。
「うわ?!」
急に後方へ引き寄せられ体のバランスを失った湊はそのまま背後の人物に身を委ねる形になった。
「…あれ?奈落?」
奈落も迎えに来るなんて珍しいなと湊は思いまじまじと彼の顔を眺める。
…どことなく不機嫌そうに見えるのは気のせいだろうか、と湊は冷汗が一筋垂れるのを感じた。
「…湊」
「な、なに…?」
声音もどことなく怒気をはらんでいるように聞こえ湊は一層肝を冷やす。
「…貴様、わしの狒々皮だけでは物足りぬのか?」
「…!見てたの?」
湊が何故それを知っているのかと問い返せば奈落は答えず、じろりと湊をその双眸で見詰めた。
湊は、やはり奈落は不機嫌なのだと察したが理由が分からない。
己の身体に回された奈落の腕に力がこもったような気がし湊は顔を歪めた。
「奈落!湊ちゃんから離れなさい!!」
苦痛に顔をゆがめた湊を見、かごめは慌てて弓を構える。
「…良いのか?下手をすればこやつに矢が当たるぞ」
奈落はクツクツと喉を鳴らすと湊を腕に抱きかかえかごめを挑発する。
「…くっ!」
手も足も出ないかごめ達はその場に立ち尽くすしか術は無く。
「卑怯だぞ奈落!」
犬夜叉は攻撃が出来ない状態に歯噛みした。
対して奈落はクツクツと愉快そうに笑むと
「…湊。何故わしが来たか分かるか?」
湊の顎に指を絡め顔を自分に向けさせると奈落は問いかける。
「皆目見当がつきませんが」
湊は奈落の双眸が妖しく光っているのを感じ背筋がぞわぞわとするのを感じた。
徐々に奈落の顔が近付く。
「!!」
かごめ達の動きが止まったのを湊は感じた。
「んっ…!!」
ちょ、ちょっと…!?と湊は目が点になるも奈落に逆らう事が出来ず為されるがままの状態である。
月明かりの下で湊は奈落に深く、深く唇を塞がれていた。
「んむうっ…ふっ…!!」
湊は息を継ぐのもままならない。
「んんっ……!!」
苦しい!というように湊は奈落の胸元を叩く。そして漸く口付けから解放されたのだった。
奈落に見せつけられる形となったかごめたちはただ只管立ち尽くし、今起きている事態を理解するのがやっとであった。
「…どい…」
湊は目に涙を浮かべて口を開く。それに気付いたかごめははっと我に返り湊を見詰めた。
「ひどい!!人前であんなこと…!!」
「ほお…?人前でなければ良いのか…?」
奈落は愉快そうに湊を眺めていた。
それに対し湊は、そう言う問題じゃない…!!と奈落の胸元を何度か叩く。
それを見てかごめは、湊が奈落とそういう関係であることを悟ったのだった。
「湊ちゃん……」
心配そうにかごめは声を掛けると湊は顔を真っ赤に染め言葉に詰まる。
それを見た奈落は満足げに笑むと犬夜叉達に瘴気を放った。
「…!!」
咄嗟に瘴気を避けた犬夜叉達は辺りを見渡すと、そこには奈落達の姿は残っていなかった。

 空間を渡り潜伏先へ戻る道すがら。
「……湊」
「………なに」
未だに目元に涙をたたえ奈落の胸元に顔を埋めている湊は顔を上げることなく奈落の呼びかけに答えた。
「貴様はわしの元に居ろ」
「…………」
湊は返事をすることは無く顔を奈落の胸元に埋めたまま沈黙を貫いた。

それを遠くから眺めていた神楽は、世話の焼ける二人だな…とひっそりとため息をついたのだった。

移転前初出:2018年9月1日

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