悪戯の代償

 湊がこの戦国時代に来てから早数カ月。
手持ちのダイアリーに日々過ごしたことを軽くメモを取っていた湊ははたと気付いた。
「あれ、もしかして明日って…」
夜更けに独り言ちる。
「明日奈落に聞いてみよ」
湊は手帳に一日の出来事を綴った後、早々に眠りについた。

翌朝。

いつものように奈落の部屋に向かい湊は朝食を摂る。
朝食を食べ終えた湊は「そうだ…」と徐に口を開き奈落に問いかけた。
「ねえ、奈落」
「…なんだ」
奈落は微動だにせず湊の問いに反応する。
「今日って予定有るの?」
「…特に無いが」
それを知ってどうすると言いたげな風情で奈落は答えた。
「ううん、何でもない」
じゃ、お膳下げてくるねと湊は徐に立ち上がると奈落の部屋を後にした。
台所への道すがら湊は夜更けに気付いたことを思い返す。

 毎日つけているダイアリーによれば、現代の暦では今日は10月31日である。
それに気付いた湊は朝食の後に奈落に予定はあるのかと尋ねた。
返ってきた答えは先の通り。湊は今夜が楽しみだ、と笑むと夜が来るのを待ちわびた。

日がな一日、今夜実行しようとしている事柄について暗中模索する。
そうこうしているうちに日が暮れ夜が来た。
夕餉を済ましいつものように湊はお膳を下げに行く。
それからは間借りしている部屋で一人夜を過ごすのが常なのだが今夜は違う。
何故ならば、今夜は10月31日の夜。すなわち、現代ではハロウィンの夜だからだ。
戦国時代にハロウィンの概念がないのは重々承知していた湊ではあるが、
ちょっとした悪戯心が働き奈落にどうしてもいたずらしてみたくなったのだった。

 湊は出会ったときに身に着けていたかつらを被り、血糊…はあいにく手持ちになかったので普段はしない薄化粧を施す。久々に紅もさす。出で立ちは幽霊のように仕上げた。
「さあて…!」
湊は着替えを済ますといそいそと奈落の居るであろう部屋を目指した。
暗い廊下を蝋燭の明かりを頼りにそっと歩く。
奈落の部屋目前まで辿り着くと湊は一つ深呼吸をすると、意を決したかのように引き戸に手を掛け
「奈落、トリックオアトリート!」
すぱああん!とまるで効果音がつくかのような勢いで戸を開け室内に入ると奈落に声を掛けた。
「……」
対して奈落は冷ややかな視線を湊に向ける。
初めて出会ったころのように黒髪を身に着けている湊を訝しげに見やると奈落は徐に口を開いた。
「…なんのつもりだ」
「えっと…。現代の暦では今夜はハロウィンでして…
お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ?」
戸を閉めてから湊は手をゆらりゆらりと揺らすと奈落に近づいた。
「…なんだそれは」
「現代ではですね、西洋の風習が日本にも流れてきてて。
万聖節…11月1日の前夜にハロウィンというものがありましてね?」
不思議そうに湊を眺める奈落に湊は事の顛末を話して聞かす。
「お化けの仮装してトリックオアトリートの掛け声とともにお菓子を強請るんです。
お菓子が無かったら悪戯するぞって」
そう言いながら湊は「がおー!」と手を頭の上に持ち上げ背伸びをして威嚇をして見せた。
「…菓子などあるわけなかろう」
奈落は冷ややかに湊を見やると、湊は「ですよねー…」としょんぼりした表情を見せた。
かに思えたが。
「と言うわけで!」
きりっとした表情を見せたかと思えば湊は「悪戯をしに来ました!」と言うが早いか奈落に飛びついた。
「!?」
湊の予想外の行動に奈落は後れを取り、いつの間にか彼女に抱き付かれる形になっていた。
この女はこの時代、夜に男の部屋にいることの重大さが分かっていないのではないか?と奈落は思った。悪戯をするために来たのだとのたまう。
他の人物にでなく真っ先にこの奈落の元へ来たのは称賛に値しよう、だが他の奴等の元へ行っていたなら到底気に喰わん。奈落はそこまで考えると、ふと、何故湊にこうも心を乱されねばならぬのかと考え直した。
「…悪戯、か…」
奈落がぼそりと呟くと湊はいつの間にか形勢が逆転していることに気付いた。
湊は奈落にあっという間に押し倒され、畳の上に寝転んでいたのである。
「??!」
湊は大いに焦った。
「とりっくおあとりーと、だったか?
貴様も菓子は持っておらぬのだろう?」
ではわしが貴様に悪戯をしても良いわけだな?と奈落は妖しく笑んだ。
「えっと……」
これは困ったぞ、この流れは考えてなかった、と湊は狼狽える。
一体何をされるのか見当がつかない。
「湊…貴様は一つ重大な過ちを犯した…」
奈落はどんどん湊に顔を近付ける。
「なに?!」
自分はどんなミスをしたのか分からないが、奈落の顔がどんどん湊に迫ってきていた。
ついには耳元で奈落の低い声が響いた。
「…このような夜更けに男の寝室に忍び込んだのが運の尽きだったな」
「……!!?」
言われて漸く自分のミスに気付いた湊は盛大に狼狽する。
「えっあっしまっ…」
しまったという前に湊は奈落に口付けられて最後の言葉はかき消えた。
「んう…」
突然の事で湊は頭がパニックになり逃げようと試みるが、やはり男女の力の差は歴然としていた。
細身の奈落から逃げる事は到底かなわない。
「他の誰でもなくわしの元に来た事だけは褒めてやろう…」
漸く口を放したかと思えば奈落は妖艶な笑みを浮かべ湊の耳元でそう囁いた。
「え、あの、ちょ、え、まって今仮装してるし??」
「構わぬ」
クツクツと奈落は笑むと湊の耳元でさらに
「……逃がさぬ…覚悟しろ」
そう呟いたかと思えば奈落は再び湊の口を己の口でふさいだのだった。

 後の展開、推して知るべし。

移転前初出:2017年10月31日

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