2. 愛する程に苛めたい

 じりじりと日が照り付ける。
天高く上った太陽から燦々と降り注ぐそれはこの時代でもとても熱い。
「あー…暑い…」
湊は木陰で涼んではいたが、あまりの暑さに根を上げへたり込んでいた。
意外に着物は蒸れる。夏用の生地でもこの暑さには到底かなわない。
「うう、川で涼みたい…」
ぐったり、湊は地面にへばり付いた。
そこへごうっと一陣の風が吹き荒れたかと思えば次の瞬間、タンッと何かが着地する音が聞こえ。
湊は視線を上げるとそこには神楽が佇んでいた。
「よう、湊。あんた外でも寝るのかい?」
呆れたやつだね、と神楽は地面に張り付きぐったりと横に伸びている湊の顔を覗き込み腰を下ろした。
「…だって、暑いんだもん…」
神楽は暑くないの?と湊は視線を彼女に向け問いかければ神楽は事も無げに、人間の様にやわには出来てないんでねと答える。
「そっか…」
いいなあ…と湊は消え入りそうな声で呟くと、川で涼みたい…と再び呟いた。
「川なら近くにあるぜ?」
神楽は完全にへたりこんでいる湊をため息混じりに見やり、扇で川の方角を指し示した。
「でも…洞窟の傍から動いたら…」
「かまいやしねえよ」
ほら、さっさとついてきな。と神楽は徐に立ち上がるとスタスタと川へ向かい茂みに消えていく。
「ま、待って…!」
がばり!と湊は大慌てで起き上がり神楽の後を追っていった。

 神楽の言う通り、洞窟傍の木陰から歩いて暫くして川のせせらぎが聞こえてきた。
流れは穏やかで水の量も申し分ない。湊は川岸で足を浸し、ぱしゃりぱしゃりと歩みを進めていく。
「気持ちいい…!」
水温も適温。湊は着物の裾をたくし上げ川辺を練り歩く。
次第に足だけ涼むのでは我慢が出来なくなった湊は辺りを見回す。
人の気配は自分達以外ない。ここは山の中。村々は離れた場所にある。
ここしばらく温泉には浸かれていないが、代わりに水浴びをしようと湊は一旦岸に上がると帯をほどき着物を脱ぎ襦袢をすぐに纏えるように準備をし、一糸まとわぬ姿になると再び川の中へと身を投じた。
「冷たくて気持ちいい、最高ー!」
ぱしゃぱしゃと湊は徐に泳ぎ出したのだった。
「神楽も水浴びしない?」
川で涼めてご満悦な湊は満面の笑みを神楽に向けて問いかけるも返ってきたのはそっけない返事で。
「あたしはやめとくよ」
「…そう?」
上空で最猛勝が待機しているのを感じた神楽は湊の誘いを断り
「あたしは洞窟に行ってるから、気が済むまでここに居な」
帰り道は分かるだろ?
そう言うと神楽は湊を置いて川から離れていった。
「…はーい」
1人は何となく寂しいなと思いつつも湊は川の涼しさの誘惑には勝てず、そのまま水浴びを続けようと潜る。
そんな湊を遠目に眺めながら神楽は上空に居る最猛勝を見上げ
「…悪趣味な奴」
小さく呟きながら、監視しているであろう最猛勝の主を思い浮かべ。
気付いていない湊には監視されていることを伝えないでおくかと溜息を溢すと洞窟へと戻って行った。

 それからしばらくの間。
岸に上がり日光浴をし再び水の中へ入る動作を繰り返した湊は、何度目かの日光浴の後に水中に身を委ねた。
「…そろそろ水浴びも終わりにしようかな…」
上空を見上げれば太陽も少し傾き始めているようだ。
一番暑い時間帯はやり過ごしたように思える。
さてどうしようか、襦袢に着替えて体を乾かそうか等と考えていた矢先の事だった。
「……」
湊の背後。川岸に気配を感じたのは。
「……?」
後ろを振り返ると湊は固まった。そして目は点になった。
「ぬああああああああああ?!」
あまりの出来事に湊は心底驚き思わず水飛沫を上げた。
ツルリと川底の石で足を滑らせ盛大に水面に沈んだのである。
「……」
ざばああっと起き上がると湊は背後にいた人物を見て叫んでいた。
「なんで居るのおおお!?」
そこに居たのは奈落であった。
この暑い中狒々皮を纏っている。気は確かなのだろうか、もしくは神楽の様に暑さは感じないのかもしれないと湊は考える。
良く良く見れば奈落の狒々皮は強か濡れている。髪も濡れていた。
頭から水飛沫を被ったような出で立ちで心なしか奈落の表情がこわばっているようにも見えた。
そしてはたと自分の姿の状況を思い出す。
「…!!」
全裸であることを思い出した湊はまた勢いよく水中に身を沈めた。
「…水浴びは終わりにするのではなかったのか?」
クククと奈落は喉を鳴らすと湊の着物のとなりに腰を据える。
湊の慌て様が愉快であったようでどことなく奈落の機嫌がいいように湊は思えた。
先程表情が強張っていたように見えたのは気のせい…?などと思いながら湊は奈落の問いに答える。
「…襦袢着れないから仕方ないでしょ」
「ほお…?」
今更羞恥心でも湧いたのか、と奈落は意地悪く湊の痛い所を突いた。
「だ、だって…!」
「わしと貴様の仲ではないか…」
「…!」
どんな仲よ!と反論しようと思った湊だったが、奈落の様子にふと違和感を覚え言葉に詰まる。
良く良く見れば奈落は狒々皮の下に着物を着ていないように見受けられる。
胸元がはだけており肌が露わになっていたからだ。
「…え、狒々皮の下素肌なの?」
暑そう…。
思わず湊は呟いた。
「貴様も一糸纏っておらぬではないか」
大差はない、奈落はそう答えると意地悪く笑んだ。
「…襦袢着るからそっぽ向いててほしいんだけど」
顔を真っ赤にし涙目で湊は抗議すると意外とすんなり奈落は湊の要求をのんだ。

 襦袢を着込み奈落の隣に腰を据えた湊は、濡れた髪を乾かすべく日光浴を始める。
奈落は無言でそんな湊を眺めていた。
まだ体が濡れているためか襦袢が肌に張り付き肌の色が透けて見える。
それはとても煽情的で。
「…。湊」
「……なに?」
無表情なままの奈落に名を呼ばれ湊はごくりと息をのむ。
「その姿、わし以外には見せるな」
分かったな?と奈落は湊の顎に手を添えるとクイッと顎を上げさせ己の目を見詰めさせる。
「う、うん…」
奈落の真面目な面持ちに面くらい湊はそう答えるのがやっとであった。

移転前初出:2018年8月11日

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