迷子が辿り着く先 第八話 冷めた心に灯る火

 あの女が再び目の前に現れるまでは忌まわしい半妖の部分…夜盗・鬼蜘蛛が目覚める事は無かった。
あの女…桔梗。
あやつがわしの前に再び現れたのは、城の者たちが蔭刀の身を案じ巫女を呼んだ時であったか。
それさえなければ、50年前に眠らせた鬼蜘蛛が表面化する事もなかったはず。
実に忌々しい事だ。

奈落は己の肉体を改造しながら考えていた。

鬼蜘蛛の部分さえなくなれば、桔梗を葬り去ることが出来る。
あの女は危険だ。かごめよりも輪をかけて危険だ。
一刻も早く始末せねばならない。

そんな折。
自由を求めて神楽が裏切りを働こうとしている素振りが見えた。
命令もなしに城の外へ勝手に出歩いている節がある。
どこへ向かっているかまでは把握はしていない。
大方、この奈落を倒せそうなものの元へでも向かったのだろう。
神楽はわしに心臓を握られているがゆえに逆らう事は出来ない。
わしを倒すことが出来ない故に外部の力を借りようと考えるのも筋が通っている。
さしずめ、目星をつけたのは殺生丸といったところか?
 奈落は肉体改造をしながら、城から遠ざかる神楽を感じ取った。
奈落が数刻眠っていた時分に抜け出したようだった。
「…神楽め……」
奈落はひとつ呟くと解体の作業を進める。
そこへ、聞き慣れた声が微かに聞こえた。
湊である。
どうやらこの部屋の間近、扉の前に居るようでこの奈落を探しているらしい。

奈落は触手を伸ばすと戸口に居た湊を引きずり込み、解体途中の己を湊にさらけ出した。
湊が恐怖に戦くかと思いきや、意外なことに、怖くはないという返答があった。
これには奈落も言葉を無くしたのである。
初めて会った時から変わった女だとは思っていたがここまで変わっているとは思わなかったからだ。
用件を聞けば、特に緊急の事ではないらしい。
あまつさえ、暫く会っていなかったから顔が見たかったとまでのたまった。

城の外へ星を見に出かけるという湊の背を見送りながら奈落は、彼女からの思いもよらない一言が、桔梗への執着心とはまた別の意味で奈落の冷めた心に火が灯っているのを感じ取った。
湊に対する執着心である。

 桔梗への執着心は、鬼蜘蛛の未練がましい恋慕である。いわば奈落自身のものではない。
だが、湊に関してはどうだろうか。不思議と嫌な気持ちはしないのである。
奈落の命令には従うし、むやみやたらに怖がったりなどもしない、どちらかと言えば肝が座っている湊。あまつさえ、奈落がこうして肉体を改造して強化を図っていることを惜しみない努力として肯定的であること。
奈落自身、湊に好感が芽生えていたことに驚きを隠せない。
ただの人間と侮っていた奈落だったが、城の者たちが悉く瘴気で死んでしまった中
変わらずに生活できている湊は本当に人間なのだろうか?
奈落は胴体を切り刻み頭部だけを残し解体しながらそんなことを考えていた。

出会った当初は変わった人間だと思っただけだった。
後に、かごめの知人と知ってからはかごめに対する手駒として利用できるとだけ思っていた。
かごめの知人が何故神無と共に城へと辿り着いたかは当人に聞いても判明はしなかった。
永遠の謎ではあろう。だが利用する手はない。
利用価値がなくなれば、切り捨てる事を考えていた。
だが、今は。

湊を犬夜叉たちの目に晒すのは不快である。実に不愉快である。
例え湊と知己の仲であろうかごめであっても。
湊はわしの傍に在ればそれで良い。奈落はそう考え始めていた。
湊の名を出すだけでかごめの動きを封じる事が出来るならばそれに越したことはない。
一度、犬夜叉たちにかち合った際に湊の名を出しただけで動きを削ぐことが出来るか試してみる必要があるなと奈落は思慮を巡らす。

もし動きを封じる事が出来たなら。
湊は二度とかごめ達と会う事もないだろう。
軟禁しておけば良いのだ。
我が結界の中に閉じ込めておけば良い。
その姿をかごめや犬夜叉の目に晒す必要はない。
桔梗とかごめの間で揺れ動くような犬夜叉の目に晒すことなどもってのほか。

奈落は更に肉体を改造していると、この部屋の入り口である扉に神無が神楽を伴ってやってきているのを感じた。
奈落は即座に触手を伸ばすと神楽を引きずり込み、奈落の一部としてまた肉体に戻るかと脅しをかけた。奈落の気配でそれは冗談ではないというのを感じた神楽は怯み、二度と勝手な真似はしないと誓う。
二度目は無いと忠告したうえで奈落は神楽を牢に括り付ける。
それは逆らった事への罰だった。

粗方肉体改造を終えた奈落は人型へと戻り、牢の階下、隠し部屋を後にした。

 向かった先は人気のない山奥。
そこに奈落は不要になった肉塊を無造作に捨てると振り返ることなく城へと戻って行った。

「あ、おかえりなさい奈落」
朝。奈落の部屋で朝餉を食していた湊はこの部屋の主が戻ってきたことに気付き出入り口を見やる。
湊は人型になっている奈落に久し振りに会えたのが嬉しかったのか、感情を隠しもせず破顔してみせた。
「もう良いの?」
「……」
湊の問いかけに奈落は無言で答えると彼女は何となく察したのかもぐもぐとご飯を咀嚼する。
一通りご飯をたいらげた湊は意を決して奈落に問いかけた。
「ねえ、聞いてもいいかな?」
「…なんだ」
湊がおずおずと切り出すと奈落はちらり、湊を眺めると畳に腰を下ろす。
「ここ数日、お城の人たち見ないんだけど…」
この前奈落を探した時誰も居なくて取り残されちゃったかと思うぐらいでさ、と湊は語りだす。
「どこ行っちゃったのかな?」
「………死んだ」
「…え?」
奈落からの答えに湊は真顔になる。
今奈落はなんと言った?
ちょっと理解し難いという風情で湊は奈落を見詰める。
「城を一度移した時点で、わしの瘴気に耐え切れず
残っていた者達は皆死に絶えた」
奈落は事も無げに答えると湊の反応を見るかのように冷めた目で眺めた。
それに対し湊は、城を移したってどういうこと?いつ?と頭上に疑問符を浮かべているかのように混乱する。
やはり城を移していたことに気付いていなかったか。
奈落はくくくと喉で笑った。
「さしあたっては湊。
人は皆死に絶えたのに貴様は瘴気をものともしない」
本当に人間か?
出会ったときにも尋ねられたが今回も同じことを聞かれ湊は狼狽える。
「ええー……。本当に人間だけどなあ…」
瘴気なにそれ一度も感じたことがないよ?と困り顔を見せた。
「……まあいい。
湊。話はそれだけか」
「え、あ、うん…」
奈落に問われて湊は他に聞くことも思い浮かばず頷く。
すると奈落は湊に近付き徐に頭を彼女の膝に乗せ横になった。
「?!」
湊は奈落の意外な行動に心臓が跳ね上がるほど驚いた。
「な、なに?」
脈打つ鼓動は早く。二人きりで静かな空間故音が聞こえてしまうのではないかと思うくらいに湊の脈は早鐘を打っていた。
慌てて動こうとする湊を奈落は制する。
「しばし膝を貸せ」
わしの役に立ちたいのであろう?と奈落は微かに笑むと湊は反論する余地もなく。
「う、はい…」
湊は大人しく膝を差し出した。

それからというものの奈落は目を瞑り体を湊に預けている。
湊はと言えば突然の事でお膳を下げ忘れていることを思い出せないくらいには思考回路はショート寸前である。
膝枕で役に立っているのだろうか?などと思いながらふと、奈落の寝顔を眺める。
整った顔立ち。現代で言えばイケメン。
城主の寝顔など早々拝めるものでもないなあと呑気に思えるようになってきた湊ではあるが
徐々に沈黙の間に耐えれられなくなっていた頃合いに背後に気配を感じ首だけ動かしてみた。

そこに居たのは鏡を携えた神無だった。

神無の気配を感じた奈落は目を開けるとむくりと起き上がり湊を解放したのだった。
──…これぞ天の助け…!ありがとう神無ちゃん…!
心の中で湊は神無に感謝すると、奈落は何やら鏡の中を覗き見、ぽそりと呟いていた。
「…ふん。結局出会ったか」
「?」
奈落の様子が気になり湊は同じく鏡を覗き込む。
するとそこにはかごめたちが映っていた。
「あ、かごめちゃん」
「…。湊」
「なに?」
「席を外せ」
鏡を見て、外の様子が分かるなんて呪術師みたいで凄いねと湊は目を輝かせていたが
戦況を視なくてはならない奈落としては些か分が悪い。
流れによっては神楽を動かさねばならない。そう考えての事だった。
「あ、そうだお膳下げなきゃ」
湊はお膳が残っているのを見て思い出し、食器をもって台所へと足を向けたのだった。

移転前初出:2017年12月11日

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