迷子が辿り着く先 第七話 星月夜

 ここ数日、奈落が不在である。
「…今日もいないのか…」
朝食の時も夕食の時も湊は奈落の部屋に赴いているものの、お膳だけがあり彼は居ない。
食事はちゃんと用意されている辺り何処かにはいるのだろうか。
湊は一人寂しく食事を摂るといつものように食器を片付けに行く。

ふと、湊は気付いた。
ある日を境に湊以外の人間を見かけなくなったのである。
今までは台所に行けば誰かしら城の人間が居たのだが、最近はさっぱり見ないのである。
これまでの間にも数日奈落が不在の時はあった。だがその時には神楽なり神無なり誰かしら城内に居るのであったが、今回は神楽も見かけない。
広い城内を散策していた湊だが、誰ともすれ違う事もない事に段々と一人取り残されたような恐怖を覚え始めた。
「…なんで誰も居ないの?」
とぼとぼと城内を歩き、ひとりぼっちの状態は初めてだなと湊は半べそをかく。
明り取りの窓から差し込む月明かりも今日は無く、城内は薄暗い。
窓から外を眺めれば、曇ってはいないのに月が見えない。代わりに星々が煌々と瞬いていた。
「星月夜…か」
窓から空を見上げれば雲一つない。
こんな天気の良い夜なのだから外に出て星でも眺めたいな、などと湊は物思いに耽る。
現代と違いこちらは街灯も電気もない。夜空の星々を眺めるにはうってつけであろう。
だが、外出しようにも奈落の許可がないとそれも適わない。

行けども行けども続く長い廊下。
誰ともすれ違わないこの状況。
湊はあてもなく城内を突き進んでいった。

「奈落やーい…どーこー?」
湊は口元に手を当て小声で呼びかける。だが答えが返ってくるはずもない。
辺りはしんと静まり返っており不気味さが増す。
歩く度にキシキシと足音が響く。
「…奈落さーん?」
沈黙に耐えかねて湊はまた小声で呼びかける。
すると、廊下の奥に白い影がぼうっと浮かび上がった。
「!?」
湊は目を凝らす。良く良く見ればその白い影はどうやら神無の様であった。
神無がその場からふっと消えたかのように見えて湊は慌てて駆け寄って行った。
先程まで神無が居た場所には階下に下る階段の入り口がぽっかりと開いていたのだ。
「…もしかして神無はこの中に…?」
湊は勇気を奮い起こし恐々と階段を降り始める。
薄暗い階段を下りきった後。湊は神無に追い付いていた。
「神無ちゃん?こんなところでどうしたの?」
湊は尋ねるも神無からの返事は無く。
「この城ってまだ階下があったんだ」
初めて知った…と湊は独り言を誰ともなしに溢す。
対して神無は無言で湊の顔を眺めていた。
「見た感じここって牢屋…?」
湊は辺りをきょろきょろと見回す。
格子戸の中には白骨がちらほら散見され湊は思わず冷汗をかいた。
「ねえねえ、奈落何処に行ったか知らない?」
お城の人たちも最近見かけないけど何処に行っちゃったんだろう?
湊は神無に再び声を掛けるも彼女からの返答はない。
ただ、ある一点を見詰めているように見えた。
「?」
その視線の先を湊は見やると、新たに階下へと続くものなのだろうか?
床に扉が設けられており神無はそこを眺めていたのである。
「…鍵…はかかってないから開けてもいいのかな?」
えいやっ!と湊は扉を持ち上げる。重たいが何とか開けることに成功した湊は戸口から中を覗いてみる。
「…うわ、暗い…」
細い梯子のような階段が見えるもののその先は暗くてよく見えない。
湊は思わず呟いた。

目を凝らしてみるも、数歩先以降は真っ暗闇。
人が居る気配も特に感じない。
「ほんと奈落何処に行っちゃったんだろ…」
湊はぽそりと呟くと戸口に背を向けて立ち上がろうと体勢を動かした。
次の瞬間。
「!?」
足元に違和感を感じ湊はそちらに目をやると妙なものが巻き付いていた。
「なにこれ…うわっ!?」
次には両腕、最後に喉元にも何かが巻き付いた感覚を覚え湊は軽く悲鳴を上げた。
次の瞬間には勢いよく湊の後方、つまり扉の中に吸い込まれていく。
「うわうわわわわわ!?」
抵抗する間もなく湊は引きずり込まれ無情にも扉はばたりと閉じて行った。
扉が閉まったことにより辺りは一層暗さが増す。
湊はされるがままにずんずんと奥へと引き込まれていった。
中はじっとりとしているのか、湊は息苦しさを覚える。
喉元に何かが巻き付いているためかもしれない。
手をそちらに動かそうにも腕も動きを封じられているためそれも適わない。
心なしか腕も濡れているように感じられた。

 ぴたり、と引きずり込む動きが止まった。
かと思えばぐいん!と今度は上昇する仕草が起こる。湊は短く声を上げると暫くしてその動きが止まった。
くるりと向きを変えられ湊は目を回す。
そこにいたのは無数の奇妙な手足を生やし巨大な胴体に上半身が埋め込まれたかのような姿をしていた奈落であった。

「な…ら…く…?」
奇妙な手足に驚き湊は目を点にさせながら問いかける。
それに対し奈落は冷ややかな視線で湊を見詰めた。
「…なんの用だ」
見てのとおりわしは今忙しい、と湊の体を自分の目の前まで持っていく。
「…なにをしているの?」
きょろきょろと視線を巡らせ湊は物珍しそうに奈落を見据える。
その様子に奈落は些か戸惑い言葉を詰まらせた。
「…貴様は怖くないのか?」
「何が?」
「……この姿がだ」
奈落は言うか言わないか思案した後問う。
すると彼女から意外な答えが返ってきた。
「うーん、びっくりはしたけど怖くはないかな…?」
湊はあっけらかんと言い放った。
「ほら、私現代ではお化け屋敷で働いてたし?
ある意味見慣れているっていうか…」
だから大きさにはびっくりしたけど怖くはない。
湊はそう答えるとまじまじと奈落を見詰めた。
「……そうか」
「うん」
貴様は変わっているなと奈落は湊に語り掛ける。それに対し湊はそうかな?と首を傾げた。
「奈落は今何をしていたの?」
湊はふと疑問に思って口にすると奈落は素直に彼女の質問に答えた。
「…不要な部分を切り捨て肉体を組み替えている所だ」
これが完了すればわしはまた強くなる。
奈落はそう答えると湊は感嘆の息を漏らす。
「それって、成長していくって事?」
妖怪は成長できないと思ってた、と湊はしきりに感心していた。
「…そうだ」
「奈落ってすごいね…!」
「……」
奈落は湊からのまっすぐな肯定を受け目を見張る。
「そっか、強くなるために努力を怠らないんだ…うん、凄い大切だよね」
「…何が望みだ」
意図を測りかねて奈落は湊をじっと見据え触手を伸ばす。
「私も奈落の役に立てるように努力しないとな…
え?望み?」
特に無いよ?と湊は鸚鵡返しに答えた。
「特に用って訳でもなかったんだ…
夜空の星が綺麗だったから城の外に出てもいいかって聞こうと思ってたぐらいだし」
湊ははにかみながらそう答える。
「……」
「あと、暫く奈落の姿を見てなかったから顔を見たかったというか」
「………ふん」
照れくさそうに目線を外しながらそう述べる湊を見て奈落は軽く笑う。
「…星を見に行くのではないのか?」
奈落はそっと自分の足元に湊を下ろした。
「行ってきていいの?」
ありがとう、と湊は満面の笑みを浮かべ。
「今度は奈落も一緒に星を見ようね!」
行ってきますと湊は元気よく階段のある方角へと足を進めていった。

移転前初出:2017年11月19日

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