迷子が辿り着く先 第四話 対話

しばらく湊が黄昏ていると、その様子を尻目に奈落は事も無げに言葉を紡いだ。

「神楽。
屋敷内に部屋を用意しこの女を閉じ込めておけ」
それから犬夜叉の元へ行き止めを刺してくるが良い

淡々と述べると奈落は窓辺に座り込み、何やら大きな蜂のような物と見詰めあい始めたのであった。

「…………チッ
分かったよ。あんたの言う通りにすりゃいいんだろ。
…おい、アンタ…湊だっけ?荷物持ってこっちに来な」
奈落の機嫌を損ねると厄介だしね、と神楽はぶつくさと独り言を洩らしつつ、呆然としている湊を促した。

「えっ?あ、はい………」
──今さりげに奈落さん『閉じ込めておけ』って言ってなかった??
等と思いながら湊は、この仄かに暗い部屋からともかく場所を移してこれからどうしたら良いか考える必要があるなと頭を抱えた。

 神楽と呼ばれた女性と共に湊は長い廊下を幾重にも渡り歩き続ける。
似たような部屋や回廊、階段の踊り場などあるため、下手をすれば道に迷ってしまいそうであった。
「…ふわあ…、凄い廊下…。
1人じゃ簡単に迷いそう」
思わず湊は苦笑を漏らした。
きょろきょろと辺りを見回しながら歩く湊にしびれを切らしたのか神楽は舌打ちを一つつき
「……おい、湊。さっさとこっちに来な。
……はぐれでもしたら厄介だ」
そう言い置いて神楽は腕を組みつつ振り返る。
「ご、ごめんなさい神楽さん」
湊は慌てて彼女の元に駆け寄るしか許されない状態であった。
「それにしても長い廊下が沢山あって、お城って感じが凄い分かりますね。
このお城って相当力があるとか…?」
「さあね。アタシも詳しくは知らないから何とも言えないねえ。
っと、ここからは普通にこの城の人間が居る辺りだ。アンタ、その顔どうにかした方が良いんじゃないか?」
神楽は、依然と白塗り姿、口元には血の跡のようなものを付けている湊を見やり問いかける。
「あ。そうだった…。顔洗う場所ってあります?」
「……こっちに来な」
そう言うと神楽は湊を引き連れ水を入れた甕などが置かれている一部屋へと案内した。

 そこには水の張られた桶もあり、隣には何やら小さな小部屋がある場所で。
内部は些か蒸し暑かった。
「ここが湯殿だ。この場所にあるのはあたしらが使うようになっている。
その桶に入ってる水で洗い流しな」
さっさとすますんだぜ?

そう言い置いて神楽は壁に背を預け、自身の持つ扇で軽く己を扇ぎながら退屈そうに湊を見ていた。
「はーい…。
うわっ、つめたっ」
桶に張られた水はキンと冷え切っていた。
その仕草を見て神楽は『水なんだから当たり前だろ』とぶっきらぼうに答える。
それに対し湊はひいひいと喚きながら徐々に白粉と血糊を丁寧に落としていき。
彼女の相貌が露わになっていった。

「…へえ。アンタ、
妙なの落としたら普通の人間の顔じゃないかい」
神楽は、白粉を落とし、小瓶の中身を掌に取り出すとパタパタと顔に塗りつけている湊を見て独り言ちた。
「だから言ったじゃないですか、私はただの人間だって…」
それに対し湊は苦笑いを浮かべ。
「まあ、初対面時にこの化粧姿ってのは、物凄く第一印象が悪くなるのは仕方ないですけどね」
よし、準備オッケー!と言わんばかりにパシン!と自分の頬を叩き湊は荷物を再度纏めると
神楽の元に歩み寄り、待たせたことを詫びたのだった。
「…別に。さ、行くよ」
──…こいつ、あたしが妖怪だって本気で気付いていないのかい…
おめでたい奴だ、と溜息一つ吐くと神楽は再び歩み出していった。

 それからしばらくして。
神楽と湊は只管長い廊下を渡り歩き。
漸く、彼女を置いておく部屋へと到達した。
「アンタの部屋はここさ。
この辺りまでは一応あたしらの縄張りになる。
逃げようったってそうはいかないから覚悟しとくんだね」
ま、逃げても周りにはあたしらみたいのががごまんといるから無駄だけどな。

神楽はそう忠告するとどこかへと消えていった。
「……。えっと…これって所謂軟禁状態?」
湊は呆然と佇むしかなかった。

とりあえず…と、湊は案内された部屋に入り、これからどうするかを模索する事にするのであった。
いかんせん、わからないことだらけである。

なぜ自分はアルバイト中にこの時代に来てしまったのか。戦国時代と言えば、魑魅魍魎が跋扈しているというよりも、天下取りの為戦が頻繁に起こるくらいしか湊には知識がなかった。どちらかと言うと妖が暗躍していたのは平安時代の頃ではないか?

これは困った事になった、と湊は途方に暮れるばかりであった。

それに、奈落は『妖が蠢く時代』と言っていた。神楽が時々気になる事を言っている。
『ここから先は人間たちの』『この辺りまでは自分達の縄張りに』等々湊にとっては引っかかる言い回しである。

「…もしかして、神楽さんと奈落さんって妖怪なの…?
城主が妖怪って有り得るの?」
そんなまっさかー!と湊は笑って不安をごまかそうとした。

どう見ても神楽は気の強い性格の美女である。人間にしか見えない。
奈落はと言えば、色白ではあるが長髪が似合う、現代風にいうとイケメンである。
こちらもまた妖怪には見えない。どう見ても和服の似合う美青年である。

「……ほんと、これからどうしたらいいんだろう、私…」
湊はばたりと畳の上に寝転がり、ぼんやりと天井を眺めるのであった。

数刻が経った頃。時刻としては月の位置から鑑みるに五更の頃か。
湊はいつの間にか寝転がったまま眠りに落ちていたようで。
「……んー…今なんじ…」
畳に直に寝っ転がりあちこちを痛めたのか、関節がギシギシ悲鳴を上げている。
「やっぱ直寝はまずったか…いてて」
湊は節々をさすりつつ起き上がろうとする。ふと、顔を上げてみると足が見え…
「…?!」
薄暗闇に佇む奈落が湊の目の前に居たのであった。
「ぎゃ?!な、ななななななにか?」
突然目の前に人が居たため湊は短く悲鳴を上げて奈落に問いかける。すると、返ってきた言葉は意外なもので。
「…ほう…?貴様、逃げ出さなかったようだな」
そう言い奈落は彼女の前に座り間合いを詰めた。
「だって、逃げたって無駄だって神楽さんが言ってたし…でも妖怪なんて本当にいるのかな…」
湊は燭台に灯りをともすと腑に落ちないといった表情で首を傾げ。
「貴方達はどう見ても美人な人間にしか見えないし、ここに来てからは他に誰にも会ってないし
妖怪だなんて見てないし…神楽さんの言い方だと彼女も妖怪って事になるけど」
俄かに信じがたいんですよねー…と湊はぶつぶつと独り言を口にした。
それに対し奈落は、ほお?と至極意外そうな眼差しを向ける。
「湊…と言ったか」
「はい。あ、やっと名前覚えてくれたんですね」
湊は、初めて会った時と違う着物に身を包みさらに上に何かの毛皮を纏っている奈落を見据えた。
「神楽が何と言ったかは知らぬが…
この城の半数は人間の家臣が居る。残り半数は我が瘴気に耐えうる妖が居る」
ここはそう言う場所だ。

奈落は事も無げにさらりと言いのけた。

「儂の瘴気にも耐え、儂の寝所に神無と共に現れた貴様は人間なのか…?」
奈落は、初対面で異様な姿をさらした、自身の目前に居る湊に問いかける。
「普通の人間ですってば。そりゃ、初対面でお化けの格好してた私が悪いんですけどね?
瘴気…?それ、なんですか?」
聞いたこともない、と湊は頭上にクエスチョンマークを浮かべたかの如くきょとんとし。
更には、「ところでこの毛皮ふさふさのモコモコですね…」と言いつつお構いなしに奈落が身に纏っている毛皮を触りだした。
触る、と言うよりかは許可を得ていないが遠慮なしにモフモフと揉みだしたといった方が正しいか。
「……。狒々の皮だ」
…妙なものに興味を示す女だな、と奈落は一瞥し。
湊は本当にただの人間なのだろうと奈落は納得することにした。
「湊。貴様は儂の素性を知ったのだ。貴様は…」
「あ、名乗りはしましたが自己紹介がまだでしたね」
湊は奈落の言葉を遮り語りだす。
「橘湊、年は20代社会人。役者志望でお化け屋敷でアルバイト…もとい、お化け役で働いてた
ただのしがない人間です」
よろしく…!と湊は自分の身の上を語り終えると微笑んだのだった。

妙な展開になった、と奈落は内心湊をどう扱うべきか図りかねていた。
先程の問いは、身の上を聞いたわけではなく、生かして返すわけにはいかぬ、と伝えようとしただけであったのだが…と思うも、これはこれで好都合か、と考え直し。
「…役者とは、猿楽のようなものか?」
奈落は気になった点をいくつか聞きだすことにしたのであった。
「へ?猿楽…」
猿楽と言えば、田畑で豊作祈願で舞を舞ったり、都で舞ったりなどしている芸事の職の筈…と湊は理解し
「まあ、そのようなものです」
「…貴様は演じる事は得意か…?」
「……まあ、それなりに得意ですが。
自分ではない誰かになるのって楽しいですし?」
あっけらかんとした表情で湊は言いのけた。それを見て奈落は
──この女…儂の身代わりを演じさせれば奴らを攪乱するのに使えるな…
喉でクツクツと笑うと湊に向き直り。
「そうか…。
貴様には利用価値があるようだ。暫く我が元で暮らすが良い」
そう言って立ち上がると、湊の答えを聞かずに部屋を後にしたのだった…。

移転前初出:2017年4月28日

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