迷子が辿り着く先 第三話 第一印象は…

「…あ…れ…。私…何がどうして…どうなったん…あれ?」
目覚めたばかりの女は、状況が掴めていないのかしきりに、室内をきょろきょろと見まわしていた。

「…いや、どこ、ここ…まじで…。
バイト先のお化け屋敷の従業員室でも無いよね…ここ、結構広い部屋っぽいし。
調度品もなんだか、高そうなものばかりだし…壺とか」

その謎の人物は自分の状況を把握するためか、今までの経緯を思い出すかのように呟いている。
奈落や神楽の目も憚らずに。ただひたすらに。ぶつぶつと。

「あー…もう…なにがなんだか。
営業時間終わって、ルートの巡回中に…なんだっけ…
白い着物きた真っ白な髪の女の子見つけて迷子かと思って話しかけて…」

──…いったい何を言っているのだ、この女は…。
自分の世界に入り、ぼそぼそと呟く異様な風体の女の様子を奈落は注意を怠ることなく監視していると。

今までに聞いたことのない単語の数々の中から、女の言葉に奈落は僅かに眉根を寄せた。

──…白い着物…だと?
己の分身として神無を生み出した時に、彼女もまた『生み出される前に会った』と言っていた。
どこで会ったのかは分からないが、神無を壺の中で造り出している最中に何らかの要素が加わり
今回のような出来事が起こったということなのだろうか。

──…わからぬ。この儂にもわからぬ事が起きるとは…
目の前で起きている事態をどうすべきか、口を閉ざしたまま奈落は思索に耽り始め。

「…なんだか、面倒な事みたいなのは確かなようだね」
神楽はぽそりと呟き。己を分身として生み出した本体にちらりと視線をやると、一つ溜息をついて。
奈落と同じく、その謎の女を監視し始めた。

その面倒事の要因である問題の女はというと。

「そうそう、それで、女の子に迷子かと思って話しかけたときに無線の調子がおかしく…
って、無線機…!」
相も変わらず、独り言を通して時系列の整理をしていた。
慌てて、彼女は仕事中に胸元に仕込んでいた小型無線機を探す。が、どこで落としたのか、
胸元に仕込んでいたはずのそれはどこにも見当たらない。

「…なんで無線機ないの…?やばい、弁償ものじゃん…
もともとあの時、無線が壊れたかのようになったし…あの轟音は初めて聞いた…」
やばいよやばいよ…バイト代軽く飛ぶよね…

と、サーッと血の気の引く効果音まで聞こえるかのように、その女の表情が青ざめていく。
白粉で顔を白く塗りたくっているのだが、その状態からでも手に取るようにわかるほどだった。

「で、轟音に耐え切れなくてもうダメだ…!!
って、思ってから今の今までの記憶がない…。

ほんと、ここ何処」
ひとしきり思考整理ができたのか、彼女は少し落ち着きを取り戻し…

勢いよく立ち上がると次に取った行動は。

室内を見回していて気付いたのだろう。柵がはめられてはいるが、昔ながらの作りの窓があることに。
彼女は窓のそばまで駆け寄ると、徐に外の景色を覗いたのであった。

「!?」
外の様子を見て、彼女は絶句するしか出来なかった。
それも無理もない事。

そこには、現代人の彼女にとっては異様とも取れる風景…時代劇のドラマでよく見るような景色があったのだから。

「…は?意味わからない何これ…。
現代の東京にはこんな大掛かりな撮影現場無いでしょ…日光江戸村?いやいやまさか。
…江戸村なら帰れるか…そうよね。なんでいるのか分からないけどここがそうなら帰れる」

またもやぶつぶつ独り言をこぼし、女は気持ちを落ち着かせ。

「…あの…!」
意を決して彼女は、古めかしくはあるものの上質な着物に身を包んだ男女にようやく声をかけた。

しばらく、目前にいた謎の女の行動をつぶさに観察していた奈落と神楽は、この時になってようやく
問題の彼女に声をかけられたことに些か目を見張ったが。

「…なんだ」
何らかの対応策が出るやもしれぬと思ったのか、一先ず奈落は呼びかけに応じることにした。

「あの、不躾ですみませんが…ここ、どこでしょうか?」
「……」
奈落は、どう返答すべきかしばし沈黙し。赤い双眸でじろりと、己に臆することなく問いかけてきた女を見据えた。
「あの…?」
「…女。まずは名を名乗れ」

…その一言でその場の空気が一瞬凍ったのを神楽は感じた。

なぜ神楽はそう感じたのかといえば。女の表情が…口元が引き攣ったような様に見えたのである。
大方、その女は奈落の尊大な口利きにそのような表情を見せたのだろう。一瞬ではあったが。

神楽が気付いたのだから、奈落もその表情の変化は気付いたことだろう。

「…ええ、そうですね。名乗ってませんでしたねこれは失礼。
私は、橘湊。バイト中だったんですけど気付いたらここにいたんですがここはどこでしょうかね?」
女、だあ?初めて言われたわそんな口利き…といったような少々の怒気を含みながらも彼女はそう名乗った。

──女って…。確かにそうだけどさ…。もっとこう、ほかに言いようがあるんじゃないの?
湊は内心毒づいたが、現状を知るために反抗するのは得策ではないと判断し、渋々、目の前の男の出方を待つ。

「……」
「…名乗ったんだから質問に答えてもらいたいんですが…あ、其方のお名前伺ってもいいですか?」
「…奈落。そして儂の隣にいるこれは神楽だ」
「わし…?ふうん…奈落さんと神楽さん…」
湊は、奈落と名乗った黒髪でうねる様な長髪を持つ色白の男性と、その隣に立つ、綺麗に化粧を施した女性…神楽を交互に見やった。

「そして、ここは…この地一帯を治める人見家の城。
儂はその城主の座に就いている。神楽は儂の使いだ」
どこまで話すか少し思案した結果、奈落は当り障りのない範囲内として大まかに湊の問いに答え。

「人見家…?え、東京にそんなお城あったっけ聞いたことない…
そもそも日光にも無さそう…」
彼の応答にさらに血の気を引かせた湊は、些かショックを受けたのか足元をふらつかせたかと思えば
その場にぺたりと座り込み。

「…とんでもないことになってる気がするのは気のせいであって欲しい…」
がくり、と項垂れた。そして、その拍子に…彼女の頭にずれたように覆いかぶさっていた何かがバサリと音を立てて落ちる。

それは、ぼさぼさではあるが黒髪の長い髪。

「!?」
神楽はその様を見て一瞬身を引いた。それは、生まれて初めて見た光景であるが故の行動であった。
髪が落ちたかのように見えた湊の頭皮には布が巻かれていた。

「あ、いけない…かつら着けたままだった…。
え、ということは化粧もそのままの状態なのか私…?」
ここへどうやってきたのかは分からないが、仕事中の状態のままで来たのならば。人に見られているならば確実に勘違いされる。

そう、お化けに。

そう思い湊は慌てて、自分の荷物が入っているはずの鞄を探す。

「私の荷物荷物…あ、あった。鏡、鏡はどこ…」

広い室内を隈なく見渡す。
と、目的のものは意外と近くに落ちており、奈落の足元にあった。
大き目なその鞄の中身をガサゴソと手探りでかき回し、目的の手鏡を探し当てると彼女は恐る恐る自分の顔を映し出す。

「…やっぱり。お化けの化粧のままだ」
そこに映し出されていたのは、かつらが取れ頭には地毛が見えないように布をあてがい、顔には白粉を塗りたくり
血糊をべったりつけた自分の姿だった。

「うそー…最悪。私ずっとこの格好だったの…白粉も落とさなきゃいけない」
ぶつぶつと独り言ちながら彼女は徐に、頭に巻いた布を取り外していく。
すると、そこから露わになったのは彼女の地毛であろう…少々癖毛のある栗色の髪。
布が全て取り払われると、ふわり…と、彼女の髪が宙を舞い…背中のあたりで止まった。

──…な、なんなんだ一体…。この女…
神楽は、意表を突かれた展開に思わず眉根を寄せ。奈落をちらりと見やった。

この女、どうするつもりなのさ

そう言いたげな眼差しで。

「…。女」
「だから、私には湊という名前が…」
少しムッとしたような面もちで化粧をそのままに湊は奈落へと視線を合わし、彼の表情を見て一瞬、息をのんだ。

言い知れぬ何かを感じ取ったためである。そう、一瞬だけ。それは、ほんの些細なことかもしれない。
だが、湊が思わず黙り込んでしまうほどのもの。本能的に何かを悟った、という方が近いかもしれない。

「…貴様、いったい何者だ…?」
──…我が結界内に容易く入り込み、神無とともに現れた。只の人ではあるまい…

奈落はそう考え、彼女に簡単に、だが口調は極めて冷酷に問いかけた。

「何って言われても…。私、今こんななりをしてるけど普通の人間…。
お化け屋敷でバイトしてるだけだし」
彼女から返ってきた答えは奈落には理解しがたいものだった。

「…お化け屋敷とはなんだ」
「へ?知らないんですか?
またまた~、お兄さん冗談きつすぎますよ」
あっけらかんとした表情で彼女は言い放つ。

『現代でお化け屋敷を知らない人は赤ん坊くらいですよ』

と。

「現代とはなんだ?」
奈落は湊の言葉を無視しさらに問いかけた。その言葉に、今度は彼女が言葉を詰まらせることになる。

そう、『現代とはなんだ』というその言葉に。

「…は?いやいや、ちょ…え?
つかぬことを伺いますが、ここ、東京ですよね?もしくは栃木?」
奈落の問いにしばし思考が止まり、固まって言葉が出て来なかった湊はようやくの思いで言葉を口にした。

『ここは東京であってくれ、もしくは、日光江戸村のある栃木であってくれ』

そう、切実に願いながら。

だが、返ってきた言葉は非情なもので。

「…言っている意味が分からんが…。ここは武蔵野国だ」
とうきょうなど知らぬ。

彼の口からはこう告げられた。

「!?」
衝撃的な事実に湊はもう絶句するしかなかった。唖然とするしかなかった。

『武蔵野国と言ったら、日本史や時代劇でよく耳にする、昔の地名じゃないの』

と。ただ呆然とすることしか彼女にはもう出来なかった。

「今の世は戦国の乱世。人以外にも…妖が蠢く、ここはそういう処だ」
奈落が冷たく言い放ったこの言葉は決定打になり。湊の持っていた一筋の希望を砕いた。打ちのめした。

なぜだか分からないが、自分はバイト中に戦国時代へ来てしまったのである。

湊はそう確信した。いや、認めざるを得なくなってしまったのだ。

「…帰れない…のかな…あはは…無断欠勤…仕事クビだ…これ…
なんか、もう…色々と人生詰んだかもしれない私…」

本日二度目。湊は盛大にその場にへたり込み。その場でしばし黄昏るのであった。

移転前初出:2015年1月7日

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