迷子が辿り着く先 第二話 出会い

──…。誰かの話声が聞こえる。

くぐもった声。それ故に、なんと喋っているのかは分からない。

ただ、音として捉えるならば、その声色は低く。けれども、聞いていてそれはとても心地良いと湊は夢現に感じ取っていた。

「神無」
「……」
神無と呼ばれた、白い着物を纏った少女は、その声の主を無表情のまま仰ぎ見る。と、その視線の先、細面で色白、緩くうねりを持った黒く長い髪を頭頂部で結わき、上質な着物を着込んでいる長身の男を認識すると
「…奈落」
そうポツリと呟いた。

「神無…」
「………」
少女は、奈落という男の口から発せられるであろう言葉を待つ。その姿は、主人の命を待つ従者といった佇まいだった。

「傍らに在る其れはなんだ…?」
奈落は、神無の立つその脇に転がっている者…質素な着物を死人が着るように纏い、ボサボサの髪がとれかけ、頭に布を巻き顔には白粉で白く塗り固め、
更には赤い何かであたかも吐血したように口元を塗りたくり…とにかく、彼にとっては理解し難い謎の風体をした、気を失っている女を目視すると少女に問い掛けた。

「……わからない」
対する神無は、奈落の問い掛けに無表情、そして感情を感じる事もない程に淡々と応じる。

名は体を表すと言う諺があるが、その喩え通りと言わんばかりであった。

「わからない…だと?」
己が問いにそう答えた少女に些か瞠目した奈落は訝しげに神無を見やる。

そんな彼に対し神無はまた淡々と、
「奈落に生み出される前にそのヒトに会った…何故ここに居るかは分からない」
とだけ答えたのであった。

「…ほう?」
その答えに奈落は眉をピクリと上げ、予想だにしない不確定な何かが起こった事に策を施すべきか、ほんの僅かな時間思案した後

「まあ良い…。
神無、きさまはこのまま犬夜叉の元へ行け。
かごめの魂を封じろ」
そう告げると数匹の毒虫…最猛勝を呼び出すと少女の共に就ける。
それを心得たかのように神無はその場を後にし姿を消した。

それから数刻経ったのか、はたまた数秒しか経っていないのか。
時間の流れがあまり感じられないその場に、奈落は謎の女をどう扱うか思案するため腰を据えた。

女は相も変わらず、気を失っている。
良く見れば、呼吸は浅いのか胸元が上下する感覚が短いようだ。

──…妖気も感じぬ。ただの人間か?
だが…ただの人間であれば神無と共にこの場…人見城にある一室…分身を生み出す壷がある部屋に現れる筈もない。

「……。きさまは一体なんなのだ」

未だに微動だにしない女に対し、訝しげに奈落はそう呟く。

と、今まで気に留めて居なかったが、その場に見慣れぬ荷物がある事に彼は気付いた。

変わった形をした大きな布状の袋には、彼の見たこともない小瓶や布が入っている。

瓶にはなにやら文字が書かれているようだが見たこともない字体の為読むことも叶わず。

他にも見たことのない物が入っていた。
察するに、気絶している女の持ち物なのだろう。

──…さて、どうしたものか。
いっそのこと、牢に繋ぐか…

などと物騒な事を考え始め、彼が彼女に近づいたまさにその時

「奈落!」
人払いをしてあったのか、誰に咎められる事もなく大声と共にバサリと御簾をはねのけ、
憤りを隠しもせずにずかずかと室内に誰かが入ってきた。

「…神楽。
命は取り留めたようだな」
怒りを露わにしたまま入室したその人…神楽を一瞥すると奈落は己の掌に意識を集中させる。

対して神楽は奈落の言葉に更に怒りを募らせた。

「ふざけんな!
あんたあたしを使って試したんだろ!刀のこと聞いてなかったよ!」
今にも奈落に食ってかかる勢いで神楽は詰め寄る。それを尻目に当の奈落はというと事も無げに「四魂のかけらもとらずに逃げ帰ったか」と呟き…

「口ほどにもない」
掌に心の臓のような物を出したかと思えば軽く握った。

「うっ!ぐ…」
その瞬間、神楽はその場に崩れ落ち。忌々しげに奈落を見据える。

「神楽よ…きさまが犬夜叉の鉄砕牙を受けてくれたおかげで奴の剣が見切れた。
行け、いま一度。すでにきさまの姉、神無を放ってある」

肩で息をする神楽を見据え、奈落は、帰還したばかりの彼女に新たな命を下した。

「ちっ…。分かったよ」
軽く悪態をついたあと、神楽は呼吸を整えると立ち上がり、部屋を出ようと踵を返し…
「それはそうと、奈落」
ふと立ち止まり、ちらりと奈落の背後を覗きこんだ。

「…なんだ」
「あんたの後ろで横になってる奇妙な出で立ちのヤツはなんだい」
そいつもあんたの分身かい?と言いたげな面持ちで神楽は問い掛ける。

「……」
「なんだよ、ダンマリかい」
「…こやつは…」
奈落が口を開きかけたその時。

ピクリと。渦中の女が身じろいだ。

「…っつー…あったまいたい…」

ふらつく頭を押さえつつ、のそりと。奇妙な姿をした女は寝返りをうち。

「…あれ?ここドコ?」
徐に起き上がりその場に座り込むと辺りをキョロキョロと見回し、自分の目の前にいた、やたらと古めかしい、というよりか現代には珍しい、きっちりと着込んだ和服姿の男女に語りかけた。

移転前初出:2014年11月29日

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