落日への誘い 第2話

 不可思議な生き物…見た目は雀蜂に似てはいるが昆虫にしてはとても大きいその生物に誘われること数時間。
美鷺はてくてくと山沿いの道を只管歩いていた。
現代とは違い草木の色がとても濃く感じられる。
辺りには村もなく、ただただ道が続いている。
代わり映えのない風景。どこまでも続く峰々。
何個目かの峠を乗り越え、流石に歩き疲れてきた美鷺は呼吸を整え、額に滴る汗をぬぐった。
その様子を見た不可思議なその生き物は美鷺の頭上をホバリングしながら旋回する。
まるで監視しているかのようだ。
そう感じたものの、気を取り直し美鷺は再び歩み出す。

 暫く無心に歩き続けると、足元の様相が変わってきたことに美鷺は気付いた。
先程まで山道で舗装もあまりされていなかったものが、徐々にではあるが歩きやすいそれになっている。
道幅も徐々に広がりつつある。
更に歩みを進めれば、遠くにうっすらと建物の影が見えた。
大きな大きな建物。時代劇で見るような櫓もある。
一際高い建物は俗に言う天守というものだろうか?
開けた所まで歩みを進め、美鷺は一息つき眼下に広がる景色を眺めた。
天守閣があるので近くにある町並みはどうやら城下町の様である。
これはついているかもしれない、美鷺はそう考えた。
大きな町であれば人々の往来は多く、また欲しい情報は手に入りやすいかもしれない。
着物なども調達できるかもしれない。
問題は路銀ではあるが。
魔物や野生動物などに鉢合うことなくここまで辿り着いたのは運が良いのか悪いのか。
この時代の貨幣に変えられそうなものは今の所、妖怪と一戦交えたときに手に入れた刀ぐらいである。
武器を手放すわけにもいかないしどうしたものかと考えあぐねていると、すぐ近くの茂みに人の気配を感じ美鷺は注意深く辺りの様子を伺った。
盗賊だろうか?それにしては気配の数がやけに少ない。
妖気のような不穏な気配でもない。どちらかというと弱っている…という言葉が当てはまりそうなものである。
「…?」
不思議に思いつつも美鷺は茂みを分け入っていく。
「…!」
すると、数分も経たぬうちに美鷺はその気配の元を見付けたのだった。
「…どうかなさいましたか?」
草むらにうずくまり肩で荒く息をしている人物に美鷺は声を掛けた。
良く見ればその人物は身形が整っており、着ている着物も上質そうな生地であしらわれたもののように見受けられる。
顔を見やれば年若く見え、せいぜい齢20を越えたあたりであろうか?
具合が悪いのだろうか、顔色は悪く脂汗をかいている。
「…大丈夫ですか?」
美鷺は蹲っている青年に近付くと腰を下ろし額に手を当てる。
どうやら熱は無いようだ。
「…かたじけない。ただ少し体調が崩れただけ故大事ない」
青年は一呼吸おいてそう美鷺に応えた。
美鷺はその答えを聞きながら、青年の額の汗をハンカチで拭う。
「…世話を掛けたな」
青年はそう言い美鷺を労うと、もう行かなくてはと立ち上がる。
だがやはり具合が悪いのであろう、足元がおぼつかない状態だ。
「…危ないですわ?肩をお貸ししましょう」
そう言うと美鷺は青年の腕を自分の肩にかけ、力添えする。
背丈はそれほど差がなかったため比較的バランスがとりやすく歩きやすい。
青年は美鷺にやや覆いかぶさるような形になる。
「これからどの方角へ行けば宜しいでしょう?
町中を通ります?」
美鷺は青年の顔を見詰め問うと
「…では…町は入らずにこちらへ…」
青年は方角を指で指示した。

 ゆっくりと歩むこと30分ほどだろうか。
美鷺は徐々に近付く建物に気付く。
どうやら目印になっているのは天守の方角にある櫓の様である。
その方向目指して青年は指示を出しているようだ。

身形の良さ、気品ある振る舞い。もしかしなくてもお城の関係者なのでは?などと思い美鷺は気になっていたことを問うてみた。
「…お連れの方とかもしかしていらっしゃいました?」
そうであれば、出過ぎた真似だったかしらと問いかける。
「…いや。供は連れていなかったのでとても助かる」
見ず知らずの貴方に世話をかけて申し訳ない、と青年は答えた。
「いえいえ、困っている人を放ってはおけませんもの」
お気になさらず、と美鷺は笑顔で応えた。
「自己紹介がまだでしたわね、私は美鷺。
しがない旅人ですわ?」
旅をしながら御用聞きを商っております、とつけ添える。
「美鷺…。
私は人見蔭刀」
美鷺は変わった服装をしているが旅商人なのかと蔭刀は納得する。
いくらか具合も回復したのだろう、若干青白さは表情に残るものの蔭刀の足取りはしっかりとしたものになっていた。
「ああ、ここで止まろう」
目的地に着いた、と蔭刀は美鷺に合図を出す。
そこは城壁に囲まれてはいるが欝蒼と木々が生い茂っている、そんな場所であった。
「…?」
ここが目的地…?と美鷺が首を傾げていると
「…若…」
「…!!」
美鷺達の背後から突然声が響いた。
「…奈落か」
蔭刀は別段驚くことも無く淡々とした口調で背後に現れた人物に対応する。
「…若。お探ししましたぞ」
供も付けずに今までどちらに…と言葉を続けたところで奈落は見慣れぬ人物、つまりは美鷺に目を留める。
──び、びっくりしましたわ…。気配を一切感じさせずに現れるなんて、
この奈落という人物、只者ではないわね…
何かの毛皮を全身に纏い顔は面で覆われている奈落という人物に美鷺も目を留めた。
お面で顔が隠れているため表情は窺い知れないが、奈落は美鷺をじっくりと観察しているようだ。
美鷺もまた同じく奈落を観察していた。
人とも違う気配を少なからず感じ取ったからだ。
「…若。こちらの人物は?」
奈落は美鷺を見据えたまま蔭刀に問いかける。
「美鷺殿だ。散策中難儀していたところを助力頂いてな」
蔭刀はにこやかに奈落の問いに答えた。
「それはそれは…」
奈落は蔭刀からの回答に得心したのか深く頷き美鷺を改めて眺めると
「若をお助けいただき感謝いたしますぞ」
ささ、こちらへと言わんばかりに敷地内へと美鷺を誘った。
──…若…?という事は蔭刀さんはお殿様かその直系ということ?
美鷺は、自分が肩を貸した人物が実はかなりの地位を持っている人物と知り目を見張る。
蔭刀からも「礼がしたい」と乞われ、そのまま屋敷に美鷺は足を踏み入れたのだった。

移転前初出:2018年10月1日

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